社会保障・雇用・労働
15万部突破作『罪の声』の作者が描いた、記者生活の「原点」
~小説『ともにがんばりましょう』の読み方

グリコ森永事件の「もうひとつの可能性」を描き、15万部を突破した小説『罪の声』。その作者・塩田武士氏が2012年に上梓した小説『ともにがんばりましょう』の文庫版が、3月15日に発売された。元新聞記者である著者が自身の経験をベースに、とある地方新聞社の労働組合と経営陣の闘争を描いた「異色の企業小説」だ。

『ともにがんばりましょう』あらすじ                  地方新聞社、入社6年目の武井涼。極度のあがり症で一切の交渉事に向かないが、希望の部署・文化部への異動をえさに委員長に口説かれ、労働組合の執行委員を務めることに。折しも会社からの深夜労働手当引き下げ案が大きな波紋を呼んでいた。約500人の組合員を代表するのは7人の執行委員。くせ者揃いの強烈な個性のメンバーとともに、経営陣との交渉に臨む武井だが……。

文庫版のあとがきを書いたのは、オール巨人の弟子という経歴を持つ弁護士の角田龍平氏(これもまた「異色のあとがき」だが、二人の交流については、角田氏のプロフィール欄を参照いただきたい)。文庫版の発売と、3月31日に『罪の声』15万部突破の秘密を探る塩田氏初のトークイベントが開催されることを記念して、ここに、角田氏が寄稿した『ともにがんばりましょう』のあとがきを特別公開――。

(『罪の声』15万部突破記念トークイベントの詳細はこちらから

古巣の新聞社への「卒論」

かい人21面相え
ばれてるで よんだら きけん
つみのこえ

私が著者の小説『罪の声』の広告に寄せた惹句である。

グリコ・森永事件をモデルにした『罪の声』の快進撃が止まらない。

昨年8月に発売されるや、瞬く間に15万部を突破。山田風太郎賞、「週刊文春ミステリーベスト10」第1位に輝き、本屋大賞にもノミネートされた。近い将来、映像化されることも間違いないだろう。

『罪の声』が読者の圧倒的支持を得ているのは、著者が昭和最大の未解決事件を解決したからである。

もちろん、『罪の声』はフィクションであり、かい人21面相の正体を暴いているわけではない。著者は、時効を迎えて司法による解決が不可能になったグリコ・森永事件を、文学によって解決したのである。

事件には時効があるが、人生には時効がない。

グリコ・森永事件では、録音された子どもの声が恐喝に使われた。幼少期にわけもわからぬまま昭和最大の未解決事件の共犯者となった子どもは、今どこで何をしているのだろう?

学生時代にグリコ・森永事件に関するルポルタージュを読み、幼き共犯者の存在を知った著者の脳裏に浮かんだ疑問符。15年後、著者は録音テープの中の子どもに〝曽根俊也〟という人格を与えて自らの問いに答えを出す。

<これは、自分の声だ。>

<京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった〉(『罪の声』帯文より)
 
綿密な取材で忠実に再現されたグリコ・森永事件の事実経過を縦の糸とすれば、架空の存在である曽根俊也とその家族の物語を横の糸に紡いだ『罪の声』。

縦の糸が強固であるがゆえに、横の糸で鮮やかな物語を紡ぎ出すことに成功した著者は、迷宮入りした未解決事件を小説という手法で解決してみせた。

 

フィクションとノンフィクションの境界線を見失った読者は、かい人21面相が新聞社に送った挑戦状をもじって冒頭の惹句を書いた私だけではない。数多の事件を報じてきたあの久米宏でさえ、パーソナリティを務めるラジオ番組で『罪の声』を「グリコ・森永事件の真相が書かれています!」と興奮気味に紹介した。

著者が『罪の声』で読者にある種のイリュージョンを仕掛けることができたのは、新聞記者としての経験に依るところが大きい。

著者は大学在学中から小説家を志して執筆を開始したものの、社会経験の乏しさが筆を鈍らせていることに気づき、小説家になるための手段として新聞記者という職業を選択する。

その選択は正しかった。地方紙ながら歴戦の猛者が集う神戸新聞で著者が手に入れたものは少なくなかった。

端正で一読了解の文章力、後に『罪の声』で遺憾なく発揮されることになる綿密な取材力。そういった技術はもちろんのこと、さまざまな現場を踏み、あらゆる人々の悲喜に寄り添って新聞人の矜持を得た。

『ともにがんばりましょう』は、小説家に必要なパーツを手に入れた著者から神戸新聞に宛てた〝卒論〟と位置づけられよう。

本書には、かい人21面相も、彼らが喝取しようと企てた1億円を巡る警察との攻防も出てこない。本書に出てくるのは、上方新聞労働組合と経営陣との一時金の上積み500円を巡る攻防だ。いわば、一企業の労使交渉というコップの中の嵐にすぎない。

しかし、このコップは単なる器ではなく、新聞社という社会の公器なのである。それゆえ、新聞社の労使交渉は一企業の条件闘争という枠を超え、民主主義の前提条件を争う意味を持つ。新聞社の自由闊達な言論が確保されなければ、民主主義は有効に機能しないからだ。

とはいえ、本書は民主主義や言論の自由を大上段に振りかざしたりはしない。言論の自由の担い手である新聞社とその従業員の経済的基盤が脆弱であることを、あくまでコメディタッチで描いていく。