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報道小説『罪の声』 作者が「異色の作家」である理由

過去9作中、8作のジャンルが違うなんて…
北上 次郎

強烈なプロ意識

第一作『盤上のアルファ』が将棋小説で、第二作『女神のタクト』が音楽小説で、第三作『ともにがんばりましょう』をはさんで、第四作『崩壊』が警察小説。

デビューから一作ごとにジャンルを変えていく作家などこれまでいただろうか。ハードボイルド小説でデビューした作家が10年目に時代小説に転じる、というケースは珍しくないが、デビューから一作ごとにジャンルを変えているのだ!

ちなみに塩田武士のこれまでの著作を列記してみる(2017年3月現在)。

(1)『盤上のアルファ』2011年1月講談社 2014年2月 講談社文庫
(2)『女神のタクト』2011年10月講談社 2014年11月 講談社文庫
(3)『ともにがんばりましょう』2012年7月講談社 2017年3月 講談社文庫
(4)『崩壊』2013年5月光文社 2015年8月 光文社文庫
(5)『盤上に散る』2014年3月 講談社
(6)『雪の香り』2014年6月文 藝春秋
(7)『氷の仮面』2014年11月 新潮社
(8)『拳に聞け!』2015年8月 双葉社
(9)『罪の声』2016年8月 講談社

第五作『盤上に散る』は将棋小説だが、デビュー作『盤上のアルファ』の続編だから、ここでジャンルを変えるわけにいかないのは止むを得ない。この第五作は第一作で鮮烈な印象を残した「新世界の昇り龍」こと林鋭生を描く長編で、これも読みごたえがある。この続編をはさんで第六作『雪の香り』からまた塩田武士はジャンルをどんどん変えていく。

 

その『雪の香り』は純愛ミステリーだし、続く第七作『氷の仮面』は性同一性障害に悩む主人公の青春を描く長編だ。同級生の男の子を好きになった小学4年生から、ゲイ・クラブを経営する30代半ばまでの日々を丁寧に描いて読ませる。つまりゲイ小説だ。

第八作『拳に聞け!』は、そろそろスポーツ小説が来るんじゃないかと思っていたときに出てきたボクシング小説。ボクサーを主人公にするのではなく、つぶれかけたジムの再生に協力する元お笑い芸人の省吾という男が主人公。

省吾が期待をかけるのは、新田勇気という青年ボクサーだが、クライマックスはその新田勇気が二宮と戦う試合。これが迫力満点で読ませる。特に、耳と鼻から血を流しながら立ち上がる二宮が、黒いマウスピースを見せて笑うシーンは圧巻だった。

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そして第九作が、山田風太郎賞を受賞した『罪の声』。こちらは評判になった作品なので今さら贅言を要しない。グリコ・森永事件をモチーフにした長編と書くにとどめておく。だからジャンルは何だろう。実在の事件をモデルに描いた「犯人家族小説」って言い方はヘンか。大雑把な括りで言えば、事件小説である。

つまり、ここまでの九作は、将棋小説→音楽小説→第三作→警察小説→将棋小説→純愛ミステリー→ゲイ小説→ボクシング小説→事件小説、ということになる。

第五作を除けばすべて異なるジャンルである。冒頭に「塩田武士は異色の作家である」と書いたのは、こんなふうに一作ごとにジャンルを変える作家はいないからだ。私、聞いたことがない。

もちろんこれはデビューしてまだ10年未満、十作未満だからこそ出来ることかもしれない。いくらなんでもこのようにジャンルを変えていくことをずっと続けていくのは不可能だ。出来たら面白いけど。

出来れば、可能なかぎりジャンルの海を冒険してほしい気がするので(塩田武士がまだ書いていないジャンルで言えば、SFだってあるし、少年小説だってある。もう少し続けることはまだまだ可能なはずだ)、しばらくは見守りたい。

問題はなぜ、塩田武士はこのようにジャンルの横断を続けているのか、ということだ。それを書いておかなければならない。これはもちろん推測の域を出ないけれど、私はシンプルに考える。

それはこの作家がチャレンジを続けていきたいからだ。読者を愉しませたいからだ。つまりは強烈なプロ意識だと解釈する。