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報道小説『罪の声』 作者が「異色の作家」である理由
過去9作中、8作のジャンルが違うなんて…

昭和最大の未解決事件、グリコ・森永事件を題材にした『罪の声』は、昨年8月に刊行されると新聞、雑誌、SNSなどであっという間に話題になり、その評判がいまも広がりつづけている。

著者の塩田武士氏は神戸新聞社出身。記者時代に培われた取材力が発揮された作品は『罪の声』だけではない。最新刊『ともにがんばりましょう』も圧倒的リアリティで読ませるエンターテインメントだ。

2011年のデビュー作以来、折に触れ書評で塩田武士作品を紹介してきた北上次郎氏に、塩田武士氏のこれまでを振り返ってもらおう。

(3月31日に開催される塩田武士氏の初のトークイベントはこちらから→http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51070

なにが異色か

塩田武士は異色の作家である。

周知のように塩田武士は『盤上のアルファ』で、小説現代長編新人賞を受賞してデビューした。このデビュー作は、将棋小説である。26歳で奨励会を退会した男、真田信繁がその7年後に再度プロをめざす話である。

昔は26歳までに四段にならなければ原則プロの道を諦めなければならなかったが、アマチュアに門戸を開けるため、日本将棋連盟は2006年に制度を変更する。ただし、厳しいハードルがある。

まず、過去1年の間に六つのアマチュア棋戦のいずれかに優勝し、プロ棋士から受験の推薦を得て、さらに奨励会にいる二段、初段を相手に試験対局し、全八戦のうち六勝以上をあげること。そうしてようやく奨励会三段への編入が認められるが、それで終わりではない。

30数名で構成される「三段リーグ」(1年に2期)で上位2名(各期)に入らなければプロにはなれない。その過酷な道のりに真田信繁は挑むのである。

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文庫本の帯コピーがいい。

「今が辛かったらこれを読め!」と大きくあり、小さくこう続く。

「真田信繁33歳 職無し、家無し、ほとんど一文無し。冬でも黒タンクトップ一枚の男が挑んだ絶体絶命の大勝負!」

 

プロの手になるコピーといっていい。この長編の雰囲気を的確に伝えている。当時私は新刊書評で次のように書いた。

「読み始めるとやめられなくなる。それは、盤上の戦いが迫力満点に描かれるからだ。その静と動のリズムが心地よいからだ。物語ることのコツを、この新人作家は最初から身につけている、と言ってもいい。この才能は天性のものだろう」

盤上の戦いが迫力満点に描かれる、とは言っても、私は将棋の素人である。お前に何がわかるんだ、と言われるかもしれない。そこで、棋士・先崎学氏が文庫本に寄せた解説の一部を引いておく。

「真田信繁が三段リーグの編入試験を受ける対局やディテールなどは実に正確に描かれている。指し手ひとつひとつは私が読んでも破綻がない」

そのディテールはこのようにプロも認めている。

塩田武士は神戸新聞の将棋担当記者だったので熟知している世界だったのかもしれない。この段階では、その経歴をいかして将棋小説を今後も書いていくのかな、と思った。ところが第二作『女神のタクト』は、仕事も男も失ったアラサー女子が、弱小オーケストラ楽団の再生に奮闘する姿を描く長編だった。つまり音楽小説である。指揮をしたくない指揮者とか、脇の人物がみな個性的で、これもなかなか面白かった。

しかし、この段階でもまだ気がつかない。第三作『ともにがんばりましょう』については後述するとして、第四作『崩壊』でようやく気がついた。これは警察小説だ。しかもど真ん中のストレートである。これまであったコミカルな要素は影をひそめ、徹底してシリアスに展開していく。

そのタッチの違いに驚いたのではない。ジャンルがことごとく違う!