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檀一雄・深沢七郎・水上勉…嵐山光三郎が明かす強烈な文士たちの素顔
これぞ人生最高の10冊!

壇一雄との思い出

今回は悩んだあげく、編集者として親しくさせていただいた人たちの本に絞ってみました。

僕が最初に入った会社は平凡社。その頃、憧れを抱いていたのが檀一雄さんです。最後の文士といわれ、とても豪快な人だった。

1位はその檀さんの『リツ子その愛・その死』です。「リツ子」というのは檀さんの最初の奥さんで、若くして結核でなくなる。家族のことを綴った私小説です。

僕は昔の編集屋ですから、飲んだくれて家に帰らないことがあったけど、檀さんを見ていると安心した。「これでも家庭がもっているんだから」と。手本にしていたところがありました(笑)。

練馬区石神井のご自宅に通ったのは『火宅の人』を書かれているときでした。檀さんの家に行くと、もうしょっちゅう宴会。五味康祐をはじめ怪人変人奇人が飲みつぶれて寝転がっていた。

お金を湯水のように使ってしまう人なので、原稿料は先生ではなく、奥さんに手渡していたなあ。

 

2位は深沢七郎さんの『楢山節考』。民間伝承の棄老伝説を題材とした深沢さんのデビュー作です。

深沢さんは「風流夢譚」事件で右翼に命をねらわれ、あちこち放浪した末に、埼玉のラブミー農場に落ち着きます。僕が深沢さんを担当したのはちょうどその頃。

電話には一切出ない人だったから連絡は手紙。何月何日に伺いますと返信葉書を添えて出すと返事が届く。それが「どーぞ」とだけしか書かれていなかったのは今ではいい思い出です(笑)。

3位のきだみのるさんは、もう若い人は知らないだろうね。岩波書店から出ていたファーブルの『昆虫記』を山田吉彦という本名で翻訳していた方です。

僕が昨年出した『漂流怪人・きだみのる』という本にも書きましたが、彼もまた変わった人。僕が出会った頃は、人妻と不倫して生まれた「ミミくん」という小学生の女の子に「おじちゃん」と呼ばせ、あちこち旅していた。僕も同行して取材しました。

きださんの代表作は『気違い部落周游紀行』。昭和32年に松竹で映画化され、伴淳三郎や淡島千景が出演し、語りが森繁久彌でヒットした。

『気違い部落』の題名はいまだと問題でしょうが、差別的な意味合いではなく、東京の恩方村(現・八王子市恩方)に定住したときのことを書いたルポルタージュです。

村には「……してはならない」という様々な細かいルールがある。一見すると変な村に思えるんだが、俯瞰してみると、決め事の背景にあるのは日本精神そのものであると気づかされる。