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年金「運用黒字」のワナ 〜そもそもGPIFは本当に必要なのか
国民が目を光らせなければいけないこと

二種類の運用方法

GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の'16年10~12月期の運用結果が、10兆円を超える「黒字」となることが分かった。

GPIFは国民から集めた厚生年金や国民年金の積立金を、国内外の債券や株式に分散投資する機関である。'14年に運用資産の構成を見直し、株式投資の割合を約50%と倍増させたところ、'15年度に5兆円超の赤字を出し、マスコミなどの批判の対象となっていた。

今回は株高に支えられて多額の黒字が出たということだが、そもそもこうした短期的な成績の良し悪しでGPIFを評価することに意味はあるのだろうか。

 

まず年金の財政運営について、積立方式と賦課方式という二種類があることを押さえておきたい。

積立方式は、一般の人が持つ年金のイメージ通りで、積み立てた年金保険料を運用し、将来の年金給付に充てるというものだ。これは、民間の生命保険会社などが提供する「私的年金」と同様の財政運営方式である。

他方、賦課方式はちょっと理解しにくい。いま払い込まれた年金保険料はいまの年金給付に使われ、将来の年金給付は将来の年金保険料で賄うというものだ。

ちなみに現在の国の公的年金は、保険料に国庫負担金を合わせたものの9割以上が賦課方式で運営され、残りの1割未満が積立方式になっている。とはいえ、公的年金は巨額で、数パーセントに過ぎない積立金でも130兆円にのぼる。

積立方式の私的年金では、運用成績は年金給付額に直結する。しかし、賦課方式の公的年金では、運用成績は年金給付と無関係である。

ほぼ賦課方式の日本の公的年金では、たとえば運用成績が10%良くても悪くても年金給付には1%未満の変化でしかない。年金が国民のカネで成り立っている以上、一喜一憂するかもしれないが、実際のところあまり意味がない。

GPIFはなくてもよい

本当に我々が注目すべきは、運用実績よりも「存在意義」にある。GPIFが存在することで、誰が得をして誰が損をするかを考えるほうが大事だ。

積立金はGPIF自ら運用していると思われがちだが、実際は金融機関が行っている。GPIFは、国民から集めた年金保険料を金融機関に配分しているだけの機関にすぎない。

おまけに官僚の天下り先になっているのも看過できない。また、競争なく運用を託される金融機関も大きな恩恵を受けているといえよう。

実際のところ、GPIFのような機関なしで、国民が年金保険料を直接運用する仕組みを考案するのは簡単なことである。

だがそれが実現すれば、金融機関は国民の年金受託のために熾烈な競争を強いられる。だから金融機関サイドとしては、GPIFを籠絡し、運用報酬を受け取ったほうが都合がよく、金融機関からGPIFへの出向ポストもあればさらにおいしい、という算段だ。

つまり、GPIFは巨額の運用額から甘い汁を頂戴し分配する、本来存在しなくてもいい機関だといえる。

この機関が存在するために、国民の意思と無関係に年金保険料が株式市場に投入されてしまう。この点に関して批判が噴出するのは仕方がない。

望む人だけが投資運用できるような公的年金運用のほうが望ましいのではないだろうか。

週刊現代』2017年3月25日・4月1日号より