防衛・安全保障
違和感だらけ…南スーダン撤退を政府が決めた「本当の事情」
目的は、安保法の既成事実化だったのか
半田 滋 プロフィール

せめて武器を減らす努力ぐらいは

国会で政府を追及してきた民進党の大串博志政調会長(衆院議員)は「国連が決めた南スーダンPKOの主目的は民主党政権当時の『国づくり』から『住民保護』に替わっており、治安が極端に悪化したのは明らかだ。にもかかわらず、安倍政権は『駆け付け警護』を新任務として与え、自ら撤収を命令しずらい状況をつくっている」と批判する。

民進党が自信を持って追及してきたのには理由がある。PKO協力法にもとづく自衛隊の海外派遣は1992年から始まり、南スーダンで14件目。任務達成によって活動は終わるが、過去に一度だけ、中東シリアのゴラン高原PKOは途中で撤収している。この撤収を決めたのが民主党政権だった。

派遣されていたのは食料品などを車両で運ぶ輸送隊と司令部要員。活動は17年近くに及び、自衛隊内部で「PKOの学校」と呼ばれるほど安定した海外活動だった。

変化は突然訪れた。2012年12月になってシリア内戦が激化して活動できなくなり、防衛庁(当時)と派遣部隊との間で何度もテレビ電話会議が開かれた。

「『大丈夫か』と聞けば隊長は『大丈夫です』と答える。そこで『こんな事件があったようだが…』と聞けば『ありました』と認める。現場の意見を聞くことは重要だ。しかし、部隊には任務をまっとうしたい思いがあるので鵜呑みにはできない」と、防衛政務官だった大野元裕参院議員(民進)は振り返る。

 

中東問題の専門家でもある大野氏は現地へ飛び、PKOの司令官らと会って情報を集め、想定外の勢力台頭など現地情勢の変化を確認した。政府は大野氏の情報をもとに「停戦の合意」を含む参加5原則は維持されているとする一方、「隊員の安全を確保できず、有意義な活動は望めない」として閣議で撤収を決めた。

参加国で最初の撤収となったものの、直後に複数国のPKO隊員が拘束されるなど急速に治安状況が悪化、翌年には主力のオーストリア軍も撤収し、ぎりぎりの決断だったことが証明された。

南スーダンPKOでは昨年7月の大規模戦闘を受けて、自衛隊は宿営地にこもり、道路補修などの活動は滞りがちだ。それでも治安悪化を認めないのは、安倍首相が自衛隊を積極活用する「積極的平和主義」を掲げている以上、国際社会の手前、治安情勢を理由にした撤収はできないという自縄自縛があるのだろう。

安倍政権は南スーダンの将来についても責任がある。昨年末、国連安全保障理事会で南スーダン政府に対する武器禁輸を含む制裁決議が不採択になった。決議案を主導した米国と英仏、スペイン、ニュージーランドなど計7ヵ国が賛成したが、日本や中国、ロシアなど8ヵ国は棄権した。日本は安保理制裁が南スーダン政府の反発を招くことを懸念したとされている。

当時、制裁決議案について問われた稲田防衛相は「自衛隊が安全を確保して有意義な活動ができるにはどうすれば一番適当かという観点から検討すべきだ」と述べ、自衛隊の安全確保を最優先させる考えを示した。トランプ米大統領の「アメリカ・ファースト」と同じ「日本第一」の考え方といっては言い過ぎだろうか。

これほど早く撤収を決めるなら、制裁決議に賛成し、南スーダンから少しでも武器を減らす努力をするべきだったのではないか。

南スーダンPKOは、自己チューな政権の姿を映し出す鏡になっている。

※PKO参加5原則 武力行使を禁じた憲法九条の下、PKOに参加した自衛隊が紛争にかかわらないようにするため満たすべき条件。①停戦の合意②受入れ同意③活動の中立性④上記いずれかが満たされない場合、撤収⑤必要最小限の武器使用の5項目。1992年成立のPKO協力法に盛り込まれた。