防衛・安全保障

違和感だらけ…南スーダン撤退を政府が決めた「本当の事情」

目的は、安保法の既成事実化だったのか
半田 滋 プロフィール

まるで旧日本軍のような言葉の言い換え

菅氏らが「今後のあり方」を検討したのは、治安悪化を受けて、自衛隊を撤収させるか見極めるためだろう。そんな局面で新任務を与えれば、ただちに撤収とはいかなくなるのは自明である。

なぜ白紙であるべき検討作業に、色を付けるような閣議決定をしたのか。

それは安倍首相の視点でみれば、わかりやすい。

集団的自衛権の行使容認を盛り込んだ安全保障関連法は、2015年9月、首相自ら「国民の理解は深まっていない」というほど拙速な国会審議を経て成立した。しかし、自衛隊の活動に安保法が適用できる場面は多くない。適用第1号が南スーダンPKOで「駆け付け警護」を命じることだった。

安保法にもとづく新任務を与え、3ヵ月以上が経過したことで、安保法は定着し、既成事実化した。自衛隊が戦闘に巻き込まれ、死傷者が出るようでは台無しになる。政治目的が達成できた以上、ずるずる派遣を続けるべきではない……そう考えたのではないだろうか。

撤収は派遣されている部隊の任期が終わる5月末という。このまま終われば、「全滅」を「玉砕」、「敗走」を「転進」と言い換えてきた旧日本軍のような自己正当化が貫かれることになりかねない。

稲田防衛相は現地部隊が「日報」で昨年7月の大規模戦闘を「戦闘」とそのまま報告した案件で、「憲法9条上の問題になる言葉は使うべきではない」との答弁を繰り返し、「衝突」と言い換えた。

これを受けて、防衛省制服組の統合幕僚監部は「戦闘との言葉は使うべきではない」と現地部隊に注意する始末。政治家のご機嫌とりまで命じられるようでは、自衛隊は浮かばれない。

「閣議決定は誤り」を認めたくない?

野党の追及は昨年秋の臨時国会から今、開かれている通常国会まで延々と続いているが、政府答弁とはまるでかみ合わない。どういう理由があるのだろうか。

振り返れば、南スーダンPKOへの参加を決めたのは民主党政権だった。国連事務総長からの協力要請を受け、2011年12月部隊派遣を閣議決定した。

南スーダンが独立した11年7月時点で紛争は起きておらず、政府はPKO協力法第3条1項「武力紛争が発生していない場合において(PKOが行われる)国の同意がある場合」(旧法)に該当すると判断した。紛争当事者が存在しないPKOとしてスタートしたのである。

 

状況が一変するのは13年12月だ。キール大統領(ディンカ族)とマシャル副大統領(ヌエル族)との間で武力衝突が起きた。15年8月に当事者間で和解が成立したが、昨年7月戦闘が再開され、現在に至っている。

このときの和解が参加5原則の「停戦の合意」にあたり、破綻したのだから自衛隊は撤収となるはずではないのか。

この疑問に対し、内閣府PKO事務局は「マシャル氏率いるヌエル族は系統だった組織性を持っておらず、支配が確立した領域もないので『国に準じる組織』(国準)にはあたらない」と説明する。

政府は武力紛争について「『国または国に準ずる組織』において生ずる武力を用いた争い」と定義しており、ヌエル族が「国準」にあたらない以上、武力紛争は発生しておらず、武力紛争の一環として行われる「戦闘」もなかったことになる、というのが政府の理屈である。

安倍政権は集団的自衛権行使を容認した14年7月の閣議決定の中で、PKOについて「受入れ同意があれば『国または国に準ずる組織』が自衛隊と敵対する形で登場することはない」旨、定めている。

したがって南スーダンPKOで「国準」の登場を認めてしまうと「閣議決定は誤り」となり、野党に追及の材料を与えてしまうという御家の事情もあるのだろう。

政府判断で「国準」が決まるとすれば、判断力そのものが問われる。

稲田防衛相の「(治安は)比較的落ち着いている」との情勢分析に対し、国連は昨年来、「各地で治安が悪化し続け、長引く紛争と暴力の影響が市民とって壊滅的な規模に達している」(国連安保理提出の機密文書、2月16日AFP報道)などと危機的状況を複数回報告しており、日本政府と国連の見方はまったく違う。