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残念な「南スーダン撤収」によって、日本が失ってしまうもの

「平和構築」の専門家はこう見る
篠田 英朗 プロフィール

日本外交のこれから

日本は、属する地域機構を持たない、現代世界では稀有な国である。地域機構がないという現実の中で、日本の対米関係重視のスタンスが生まれてきている。

もし国連の活動に目に見えた貢献をすることができないとなると、日米安全保障条約で結びつく米国との同盟関係が、唯一無二の重要性を持つものとして立ち現れてくることになる。

逆に言えば、アメリカへの依存度が過度に高まりすぎることになり、外交政策の幅が著しく狭まる。

5万人という平時では空前の規模の駐留米軍を、主権回復後も65年にわたって抱え込み続けているのが日本だ。日米同盟を唯一無二の国際安全保障の基盤とみなすのであれば、国連への関心が高まっていかないのは、当然かもしれない。ましてアフリカには、関与すべき日本の国益がないということになるのだろう。

しかし実際には南スーダンですら、同国に対するアメリカの強い関心に影響されたところがあった。アメリカに依存していれば、あとは国連とも付き合う必要はなく、アフリカについて考える必要もない、ということには全くならない。

アメリカは、長期にわたる「テロとの戦争」を継続続行中の国である。そのアメリカに依存するということは、「テロとの戦争」の論理にあわせて行動しなければならないということだ。国連の枠を使って中和させるのでなければ、かえってかなり直接的な行動が求められるだろう。

日本の周辺でも危機対応が求められる事態が発生しうることを想定し、危機対応業務への従事経験を持ち、専門家層との人的ネットワークも持つ日本人を一人でも多く作っておくことは、国益に大きく関わる事項である。本来であれば、国連PKOへの関与も、そのような総合的な外交政策への配慮にもとづいて、実施すべきである。

南スーダンのような現場では、平和構築活動に長く携わる国連等の機関の職員が大量に動いている。独特の専門領域を持つ文民職員が、様々な平和構築活動に従事している。

自衛隊撤収後であっても、司令部への要員派遣などを通じて、引き続き関与を維持しておくことは、日本の外交政策においても有益なことであろう。

だがそれだけでは足りない。南スーダンに限らず、文民職員としてPKOミッションに携わる要員を派遣する方法も、さらに研究していくべきである。

派遣を回避して、アフリカ人の能力構築活動に専念してみてはどうか、という意見もあるが、的外れだ。現場実務経験のない者の指導を、誰が優先的に受け入れるだろう。能力構築支援は、継続的な派遣があって初めて意味を持つ。

いずれにせよ、国際的な平和活動への参加を、日本国内の憲法解釈だとみなして延々と国内法解釈の議論を続けていく社会風土は、いい加減に何とかしたい。常任理事国入りの非現実性は、もはやあえては問わない。

だがこのままでは、国際社会で名誉ある地位を占めるどころか、自国の実力が見極められないまま、国際貢献のかけ声が空回りしていくことになるだけだ。

緊張感を持って、国際社会での生き方を考えていかないと、いつか大きな危機に直面したとき、本当に行き詰ってしまうのではないか。