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残念な「南スーダン撤収」によって、日本が失ってしまうもの

「平和構築」の専門家はこう見る

「撤収」という残念な落としどころ

南スーダンからの自衛隊の撤収が決まった。日本政府として国連PKOに要員提供している唯一の貢献であっただけに、この段階での撤収は、残念である。

そのようなことを言うと、日本国内では、危険な任務に就いている自衛隊員に失礼だ、ということになるのかもしれない。私のブログにも「自称」自衛隊員なる人が、批判コメントを寄せてきた(ちなみに今ネット上では無数の自称自衛隊員や自衛隊員の代弁者があふれているようだ)。

しかしUNMISS(国連南スーダン共和国ミッション)は、1万5千人以上の要員が、困難な任務のために派遣されて献身的に勤務し続けている巨大ミッションだ。1万2千人以上の軍事・警察要員だけを見ても、60ヵ国から集まっている。彼らは今後も困難な状況の中で任務を遂行し続ける。

350人の自衛隊員が、「道路を造り終えた」という理由でいち早く撤収してくるのを、手放しで喜ぶという気持ちにはなれない。少なくともとても外国人に見せられるような姿ではない。

しかし、私も日本人の端くれである。これが日本社会のぎりぎりの落としどころだ、ということが、わからないわけではない。日本政府は、国際貢献の一環として国連PKOに参加しているが、それも国内世論の理解があればこそだ、と政府関係者なら言うだろう。

自衛隊が1990年代にモザンビークに派遣されたとき、過酷な状況にもかかわらず取材が少なく、割に合わない、という評価が多かった。今回の南スーダンは、それ以来、初めてのアフリカへの派遣だった。しかし結局、「アフリカは大変だ」、という印象が広まるとしたら、日本の国連PKO関与にとって、致命傷だ。

現在、国連PKOの主力は全てアフリカに注がれている。この傾向は少なくとも相当な期間にわたって続くだろう。アフリカを避けながら、なお国連PKOに従事しようとするのは、相当な自己制約である。

今回の自衛隊撤収で、われわれが冷静に把握しておくべきなのは、日本の「国際貢献」活動が、深刻な停滞期に入っていると言わざるを得ないことである。

拙著『集団的自衛権の思想史』の冒頭で、「日本国憲法の国際協調主義は、瀕死の重傷を負っている」、という問題意識を書いた。今回の自衛隊撤収を見ても、「重傷」だという印象は深まる。

PKOは国連の最重要活動分野である。そして地域機構に属していない日本にとって、国連は極めて重要な国際機関であるはずだ。今回の南スーダンからの撤収は、ボディブローのように、日本の外交政策の全体像にも影響を与えていくことになるだろう。ここでは、あえてあまり語られていないPKOの外交的意味について書いてみたい。