〔撮影〕永田忠彦
ライフ
「プレミアムフライデー? まったく…この国はそのうち滅びるね」
作家・伊集院静が知る「さよならの力」

哀しみが完全に癒えることはないけれど

「今日からプレミアムフライデー? まったく……この国はそのうち滅びるね」

目をこすりながら現れた伊集院静は、苦笑まじりにつぶやいた。その日は明け方まで、久しぶりの作詞に勤しんでいたという。

週刊現代の人気コラム『それがどうした 男たちの流儀』をはじめ、手がける週刊誌連載は4本。昨年7月からは、日本経済新聞でサントリー創業者である鳥井信治郎の伝記小説『琥珀の夢』を連載中で、書き上げる原稿は月400枚にも上る。

「毎朝、6時か7時くらいから書いて、夕方6時まで。12時間近くは働きますね。『8時間労働を守れ』とは何のことか? 私の中の労働基準法では、まだまだきちんと働いていないぞという感じ」

意志を持って仕事量を増やしたのは還暦を過ぎた頃からだというが、それには多分に「あの出来事」も影響を与えている。2011年3月11日、仙台の自宅で東日本大震災に遭遇したのは、伊集院が61歳のときだった。

「東北だけでなく、全国各地の神社仏閣が七回忌の法要を行うと聞いたけれど、皆で亡くなった人を悼もうというのは、この国に生きる人としてたいへんいい姿勢だと思いますね。

つくづく、人が亡くなってからまる6年を七回忌というのは、まことによく設定されたもの。

6年経って、完全に哀しみが癒やされることはないかもしれないけれど、それでも、このあたりで今までの哀しみ方を変えないと、亡くなった人たちも浮かばれないかもしれないな……という感情が湧いてくるのが、ちょうどこの頃だから。実際、私の場合もそうだったしね」

 

別れを経験して前より強い人間になる

20歳のときに実弟を海難事故で亡くし、30代では、前妻の女優・夏目雅子が27歳で病没するという非業の運命に直面した伊集院。最近も、またひとつの別れがあった。

博子夫人(女優・篠ひろ子さん)とともに育んだ愛犬・亜以須(梵語で「真理のみに従う神」の名)が、天寿を全うして旅立ったのだ。

次々と訪れる、愛する者たちとの永遠の別離。しかし彼らは、嘆きだけを残して去っていったのだろうか? ベストセラーシリーズの最新刊『大人の流儀7 さよならの力』で、伊集院はこんなふうに綴っている。

別離は、私たちに哀しみを与えるものでしかないのだろうか?

それは違うはずだ。いや、違うに決っている。生きることが哀しみにあふれているだけなら、人類は地球上からとっくにいなくなっているはずだ。(中略)やがて別離を経験した人にしか見えないものが見えて来る

「もちろん、若いうちから別れを経験するのはせつないことで、できればしないほうがいいですよ。でも何か、そのことで、人間的な力がつくこともあるのかもしれない。苦しくせつないことを経験したからこそつく、底力が」

つらいのは自分だけではないという諦念。苦しむ人に思わず手を差し伸べたくなる気持ち。

親しい存在との別れ、そして天災のように多くの人を巻き込む悲運に直面して、「さよならの力」とも呼ぶべき底力への確信は、一層堅固なものになっていったという。