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「これまでの記事を撤回したい…」沖縄で私はモノカキ廃業を覚悟した

素人が扱ってはいけないイシューがある
中川 淳一郎 プロフィール

「沖縄独立論」が顕在化する背景

那覇空港からレンタカー店に向かうシャトルバスの中では、AMラジオの正午のニュースを聞いた。

1つ目のニュースは、米兵がアパートに忍び込んだというもの。2つ目は尖閣沖に中国の漁船が2017年に入って11回目の来襲をしたというものであった。そして、米軍戦闘機の爆音も聞こえてきた。

この段階で「沖縄はオレが訪れたこれまでの日本とは違う」という感覚を抱いた。沖縄に来たのは12年ぶり2回目だが、その時は物見遊山気分で来ていたため、こうした感覚は抱いていない。

放射能関連のプロジェクトに関わり、福島に移住するまでに至った木村氏が、「沖縄の問題は福島の問題に近いですが、より深い……」と事あるごとに言っていたが、その後、それが実感となるのである。木村氏は津田氏同様、ここしばらく何度も沖縄を訪れている。

沖縄国際大学、ヘリ墜落の現場

まず、訪ねたのは米軍普天間基地に隣接する沖縄国際大学だ。2004年8月、米軍のヘリコプターがキャンパス内に墜落した際、米軍が現場を制圧したため、日本政府が手出しできなかった事件の舞台である。

事故現場はフェンスで囲まれ、墜落で焼け焦げたアカギの木は今も本館壁の記念碑とともに残っている。同大学の会議室の窓は防音構造になっているが、窓を閉めていてもオスプレイや軍用ヘリのエンジン音が常に聞こえてくる。

前泊博盛教授はこう語った。

「佐賀県にオスプレイを配備するという計画が出ましたが、その時佐賀で反対運動が起こりました。わが身に降りかかって初めて、本土でも、米軍基地問題が自分達の問題だと捉えられたのではないでしょうか」

そして、「沖縄独立論」及び「日本返還後の沖縄」について前泊教授はこう続けた。

「安倍政権誕生前は、沖縄独立論は、県民の意識の中には0.2%とか0.3%しかなかった。それが今では6~8%に確実に数字が上がって、顕在化しています。『日本以外の選択肢』も考える県民が増えているように感じます。米軍統治下から戻るべき祖国と思って運動してきたはずの沖縄県民が、なぜそう思い始めているのか。

米軍統治下に里子に出され捨てられた沖縄は、親(祖国)のはずの日本からの「仕送り」もなく、極貧生活を強いられた。財産権も基本的人権も否定され、銃剣とブルドーザーで土地を奪われ、基地被害に耐える日々を送ってきた。ようやく復帰を果たしても米軍基地を押し付けられたまま。

『なんで僕だけに背負わせるのか。必要ならみんなで背負ってよ』と訴えても、『お前、そのためのカネ貰っているだろ』と言われる。翁長雄志知事が『それなら振興策はいらないから米軍基地を除けろ』とやると、逆賊扱い。ひどい話です」

琉球独立を掲げる政治活動家による幟

この発言を受け、福島原発事故における放射能問題にも取り組む木村氏がこう語った。

「沖縄には薩摩による侵略、明治維新後に行なわれた琉装(琉球の民族衣装)、ウチナーグチ(琉球語)が禁んじられた琉球処分の歴史があります。その上に敗戦による米軍統治の歴史が重なります。歴史的に見れば、沖縄の問題はとても長いのです。

しかし、福島は最近の話です。『白河以北一山百文(しらかわいほく、ひとやま、ひゃくもん)』、戊辰戦争に破れた奥羽地方(陸奥(むつ)国と出羽(でわ)国。今の東北地方。青森・秋田・岩手・宮城・山形・福島の6県)を二束三文の地と蔑んだ言葉です。このように虐げられてきた歴史はありますが、沖縄が被ってきたものよりは浅いのです。

福島の問題は、『日本』だから単純です。でも沖縄は日本であって日本でない歴史を抱えています。沖縄に学ぶところは多いですが、これから何十年もかけて意識レベルを上げなくてはいけないのが福島です。

『もういい加減、勘弁してくれよ』と政府に怒りをぶつけ、翁長雄志県知事が掲げた『オール沖縄』に至るには、かなり長い時間がかかり、ものすごい思惑がありました。名護市辺野古の埋め立て承認の取消し訴訟における最高裁での事実上の敗訴、沖縄地方選での『オール沖縄」の候補者が次々と落選したことで、今は『オール沖縄』は崩壊しかけていると思いますが」

木村氏は福島の問題に取り組んでいるものの、このように、沖縄問題については「別格」と考えているようだ。

辺野古のキャンプシュワブフェンスに掲げられた工事反対の旗

この木村氏の指摘が私の考えにも多大な影響を及ぼした。沖縄に到着してから1時間後にはステーキ店「ジャッキー」で誠に美味なるステーキを食し、渋滞の中、沖縄国際大学に到着し、米軍ヘリの墜落現場を見て前泊先生と木村氏の会話を聞いただけで、「こりゃオレは浅はか過ぎたな……」と、すでに反省の念を抱き始めていた。

津田氏はこう語った。

「基地問題一つとってみても、沖縄県民にいろいろな意見があることは事実です。だけど、県民の意識が“バラバラ”で沖縄二紙が反対の意見しか取り上げていないというと、それも事実と違う。

辺野古移設問題の世論調査をすれば、8割近くが翁長知事の行動を支持していますし、メディアではなく、沖縄県が行った県民向け意識調査でも辺野古移設反対(58%)が賛成(25%)の2倍以上となる結果が出ています。

昨年行われたこの意識調査はとても興味深くて、例えば米国に対する親近感を見ると『親しみを感じる』層は55.5%。『親しみを感じない』層は42.2%と拮抗していますが、これが『日米関係は現在重要か』という問いになると『重要である』と答えた層が73.7%まで増えています。

一方、対中感情に関しては『良い印象を持っている』が8.3%。『良くない印象を持っている』が90.8%と圧倒的に悪い。実は後者の数字は全国平均(日中共同世論調査)の88.8%よりも高いんですね。全国平均より悪い対中感情持っている県民が『中国のスパイ』であるわけないですよね。

これらの数字から読み取れることは何か。対米感情は本土と比べると悪いが、中国の脅威は肌で感じており、それが対中感情の悪さと日米安保への評価につながっている。しかし、辺野古移設は反対である。つまり、沖縄県民は日米安保の『最前線』で暮らしているがゆえに、現実主義にならざるを得ず、それがこうした複雑な県民感情につながっているということです。

日米安保や国防の重要性は一定程度認めるし、それを担っている自負やプライドもある。しかし、本土側はまったく配慮せず、負担を押しつけ、固定化することを繰り返す。それに対して「いい加減にしてくれよ」と思っている県民が多いから、辺野古移設を調査するとこういう結果になるということなんです。単に「基地反対」かどうかで沖縄を見ても状況は見えてこない。

さらにいえば一口に『反対』といっても、『全基地撤去しろ』と思ってる人だけでなく、『ほかの基地は認めるが辺野古移設は反対』という人もいる。あるいは『凶悪犯罪を起こす海兵隊が撤退してくれればいい』と思っている人もいる。『全基地撤去派』以外の人は『基地反対派』とも言えるし『基地容認派』とも言える。それだけ考え方に色々なグラデーションがあるんです。

だけど、ネットで見ると、極端なところだけが切り取られて語られてしまう。僕自身そうしたことは沖縄で何度も取材することで見えてきた部分でした。

 

そして、さらに厄介なことに、沖縄の多くの人は本土の人間になかなか本音を話してくれないんですよね。それは沖縄の歴史や事情を知らない本土人が思い込みに基づく印象批評を繰り返した結果、『この人たちに話してもムダだ』と沖縄の人たちが思うようになった結果でもあるんでしょうが……。

基地が政治的課題である以上、うるさいし、なくなった方がいいと思うし、本土にもアメリカにも言いたいことはあるけど、『自分がいうことではないかな』と考えている人も多いんじゃないかと思います。反対運動に身を投じることはできないけど、シンパシーは感じている――だから、投票では基地反対派に投じる。あるいは、シンパシーは感じているけど地域社会のつながりから基地容認派の候補に入れるということもあるでしょう。

本土の人間はそうした沖縄の方々が抱えている複雑な事情を知るべきだし、その原因をつくっているのは自分たちであるという自覚を持つ必要がある。それをしないで、お手軽にネットで沖縄の情報を見ている限り、こうしたすれ違いは永遠に続きます」

木村氏が続ける。

「沖縄についてネットで語る人々を見ていると、表面だけをさわり、中身を突き詰めていない人が浅い議論をしていると感じます。足繁く通っても、まあ分からないものです。

僕は元々、愛媛県出身で四国電力伊方原発から45キロの場所で育ちました。福島に移住してから6年。地域の人々と寝食をともにして、ようやく皆の気持ちがわかってきたと思った矢先、びっくりするような真実が飛び出てくるんですよ。

『そったら大事なことなんで言わねんだ!』と地元の人に言うと、『言ったらよ、先生さ来なくなると思ったんで言えなかったんだよね』なんて言う。目が点になることもしばしばです。それは笑うしかないんですよ。笑っていいよっていうところからスタートしなくてはいけないんです」