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「東芝崩壊」傲慢・怠慢・無責任にひた走る日本企業の難病
会社を維持する以上に「大切なこと」

東芝崩壊と犠牲者たち

自分が権力の座にある時にはやりたい放題やっておきながら、その後、ひとたび自分がやったことに関連して何か重大問題が発覚すると、自己の保身と責任逃れにひた走る――。

3月3日に執り行われた石原慎太郎元東京都知事の記者会見を見ていて、このような見苦しい光景を残念に思ったのは私だけではないだろう。

しかし、ここのところ、この国で同じような光景を目にする機会は少なくない。

2011年の東日本大震災に伴う福島原発災害に際しての東京電力経営陣や当時政権与党であった民主党内閣の不甲斐ない対応もそうだったし、2015年に発覚した東芝の粉飾決算を陣頭指揮した3名の社長経験者たちの態度もそうだ。

周知の通り、東芝では同年、約13億ドル(当時のレートで約1100億円)にのぼる買収子会社米ウェスチングハウスの減損隠しも発覚した。

今回、やはりウェスチングハウスに関連した7000億円を超える巨額損失の発覚によって再び苦境に立っているが、2015年の粉飾決算や減損隠蔽の発覚は、東芝崩壊の序章に過ぎなかったということだろう。隠れ損失は他にもまだあるのではないか、という疑念も拭えない。

粉飾決算による経営不振からの建て直しや社内改革を期して、再生のトップリーダーたる会長職に選ばれたのは、驚くことに、減損隠蔽の舞台となったウェスチングハウスを含めた原子力事業の総責任者であった志賀重範氏であった。

結局、志賀氏は今回のさらなる損失発覚で会長を引責辞任したが、もともと大きな疑問符が付く人事だった。この人事を断行した社外取締役からなる指名委員会の委員長を務めた小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長は、志賀氏のことを「余人をもって代え難い」とコメントしていたが、自分たちの責任をどう感じているのだろうか。

本来、責任を取るべき立場にいる人たちがことごとく責任逃れをしたり、だんまりを決め込んだり、雲隠れしたりしている一方で、その人たちの甘く杜撰な行動の責任を取らされるのは、往々にして、まったく無関係な現場の人たちというのも相場が決まっている。

東芝の場合には、半導体と原子力に次ぐ第三の柱とも位置付けられていた成長株の医療関連事業が、真っ先に、経営再建のための売却ターゲットとなり、医療機器子会社の東芝メディカルシステムズはキヤノンに売却された。同子会社売却に伴い、東芝本体で医療関連事業を担当していた社内カンパニーも廃止された。

医療機器子会社のキヤノンへの売却交渉が大詰めを迎えていた昨年3月、当事業に携わってきた東芝の社員が、取引先企業を一社一社訪問して、事業終了について説明して回っていた。

そこには、「事業は黒字でした。我々としても青天の霹靂で、本当に残念です」と悔しそうに頭を下げる担当者の姿があったという(毎日新聞経済プレミア「東芝問題リポート『東芝カンパニー廃止でバラバラになる社員の悔しさ』2016年4月1日」)。

東芝本体で医療関連事業に携わってきた社員たちは、早期退職プログラムや再配置の対象とされた。かくして、高齢化が進む中で今後の成長が期待される優良事業は、歴代経営トップの不始末や不採算事業の犠牲となったのだ。

東芝は、同時期に、冷蔵庫や洗濯機などの白物家電事業も中国の家電大手「美的集団(マイディア・グループ)」に売却している。自分たちには何ら落ち度がなかったにもかかわらず、突如整理の対象となって売り飛ばされた事業に携わっていた現場の社員たちの悔しさは察するに余りある。

売却先に移ることになった人たちには、まさに「晴天の霹靂」であったかもしれないが、完全崩壊が始まった東芝からいち早く脱出することが出来て、むしろ幸運であったと気持ちを切り替えて新天地で奮起して欲しいと願う。