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地震・原発・災害

「霊体験」に隠された被災地の病理~ただの不思議体験ではない

ルポ・東日本大震災から6年

相次ぐ幽霊目撃談

被災地で幽霊を見た――。

東日本大震災の直後に、被災地で取材をした経験から言わせてもらえれば、幽霊の話はたしかに多かった。ただ、震災の直後より、4ヵ月くらいが経ってお盆が迫ってきた頃から、急にこの種の話が増えたように感じる。

震災の直後は、被災した土地には見わたす限り瓦礫がつみ重なり、多い時は1日で数十体もの遺体が見つかり、自衛隊や消防の車両で遺体安置所へ運ばれていった。遺体安置所はどこも冷たく、悲しみに満ちていた。

この時の遺体安置所にどのような光景が広がっていたかについては、拙著『遺体 震災、津波の果てに』(新潮文庫)に書き記したので、ご参照願いたい。

ここに集まっていた遺族はすぐに幽霊の話をしはじめたわけではない。最初はまったくといって言いほど聞かれなかった。だが、1ヵ月、2ヵ月と経つうちに、彼らの口から語られるようになっていったのである。

取材の中で聞いた話をいくつか紹介してみたい。

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「被災地で、炊き出しのためのオニギリづくりが行われていた。その中で、地元に暮らす女性が、Fさんと楽しく話をしながらオニギリをにぎっていた。トイレへ行ってもどってきたところ、Fさんがいなくなっていた。どうしたのかな、と思って別の人に尋ねたところ、『いるわけないよ。だってFさんは津波で流されたんだから』と言われた」

「Gさんという女性が津波で流された。何日しても遺体は見つからなかった。恋人だったH君も捜索に加わって、なんとか彼女の携帯電話だけは見つけることができた。H君はその携帯電話を形見として手元に保管していた。

ある日、彼は何気なく携帯電話を耳に当ててみた。すると、電話の向こうから、Gさんの声が聞こえてきた。『私のこと毎日思ってくれてありがとう』。天国からGさんがメッセージをくれたのだと思った」

「I君は、お父さんとおじいさんを震災で亡くした。お父さんの遺体は見つかったが、おじいさんは行方不明だった。春に葬儀を終えた後、1匹の野良猫が家にやってきた。餌をやっていると、野良猫は庭にいついた。かわいいな、と思っていた。

ある夜、その猫がI君を呼ぶように手招きをする。ついていったところ、おじいさんがよく着ていた服が一枚だけ落ちていた。I君は喜んで、その服を骨の代わりに骨壷に納めて供養してあげた。その猫はその日以降姿を見せなくなった」

 

このような不思議な話は、いろんなところで聞かれる。

こうした話には、たくさんの解釈がある。ある人は「遺族が被災者の突然の死を徐々に受け入れるためにつくるプロセスだ」と言い、ある人は「まだ死を認められないために幽霊という存在をつくり上げているのだ」と語る。

たしかに人は急に訪れた不条理な死をなかなか受け入れることができない。ゆえに、壊れた携帯電話や野良猫に故人を見出して少しずつ死を享受していく準備をする、あるいは、心の痛みを小さくしている、という解釈は一理あるだろう。