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野球 週刊現代

元西武「左のエース」帆足和幸が選んだ「バッピで燃え尽きる」人生

通算90勝、日本シリーズでも大活躍

現役時代、独特の変則フォームでクセ球を投げ込んでいた男は、いまクセのない棒球をいかにして投げるか、日々考えている。華やかな舞台から完全な裏方へ。なぜその選択をしたのか、本人が語る。

250球投げ続ける

宮崎市内で行われている福岡ソフトバンクホークスの春季キャンプも終盤を迎えた、2月の下旬。

若手選手を中心としたフリーバッティングに、一人の左腕が登板した。

両腕を大きく広げる独特のフォームから黙々とボールを投げ込み、それをバッターが快音を響かせ外野へとばす。

時折、ボール球が続くと、バッティングピッチャーは「ごめん」というように、バッターに向けて小さく頭を下げる。

4年連続100安打と主軸を担う今宮健太、足の怪我からの復帰を目指す川島慶三など、若手・中堅選手を中心に一人につき約30球、休むことなく黙々と投げ続ける。最後のバッターに投げ終えたとき、球数は250球に迫り、男の顔からは大粒の汗が滴り落ちた。

「バッピの仕事がまさかこんなに難しいとは思っていませんでした。正直、『8割くらいの力で投げればストライクなんて簡単に入るだろう』とタカをくくっていた去年の自分が、恥ずかしいです」

こう語るピッチャーの名前は帆足和幸(37歳)。西武ライオンズ時代、球筋が見えにくいフォームで凡打の山を築き、4度の二ケタ勝利を挙げた背番号47、「左のエース」だった男だ。

入団4年目の'04年からコンスタントに勝ち星を挙げ続け、西武の2度の日本一に貢献する。

とりわけ西武が日本一になった'08年の対巨人の日本シリーズでは、2試合で先発。いずれも勝ち星こそつかなかったものの1失点で後ろに繋ぎ、試合を作った。

「ぼくが在籍した11年間、西武には本当にいい思い出ばかりで。入団当時、伊東勤(現ロッテ監督)さんが正捕手で、正直、投げたくなくなるくらい怒られたけど、打ち取るための投球の組み立て方は、すべて伊東さんのリードから学びました。

あと、投手陣の団結力も大きかった。カズ(石井一久)さん、西口(文也)さん、涌井(秀章・現ロッテ)、岸(孝之・現楽天)……。みんなすごく仲が良くて、切磋琢磨できた」

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仲間と環境にも恵まれ、西武で左のエースの地位を確立した帆足は、'12年にFAで生まれ故郷・福岡を本拠地とするソフトバンクに移籍する。

だが、徐々に衰えが出はじめ、移籍後は思うように勝ち星を挙げられなくなった。そして、'15年のオフ、チームの来季構想から外れたのを機に現役引退を表明する。

「『他のチームに移ればまだやれる』と言ってくれる人もいました。でも、ホークスで先発ローテーションを張れなくなったときは潔く辞める、と決めていたので、迷いはありませんでした」

「チームの役に立つ仕事がしたい」。漠然と考えていた帆足にチームが打診したのが「バッピ」、バッティングピッチャーの仕事だった。