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歴史

海の向こうから日本を見てみる〜「極私的」な日朝関係史

ある韓国女学生の静かな反論

「日本は…」「韓国は…」と言うけれど

3年近くかけてようやく、『海の向こうから見た倭国』(講談社現代新書)を上梓した。

本書では、弥生時代後半から古墳時代にかけて日本列島と朝鮮半島の間でくりひろげられた交流史(日朝関係史)を、考古学の立場から描いた。学術的な構想や内容のデッサンは序章にまとめたので、ここでは極私的な執筆動機について述べたい。

2016~17年の年末年始は、妻の実家の韓国大邱(テグ)市で家族と一緒にすごした。2週間にわたる滞在で、久しぶりに韓国の家族とのだんらんを楽しみ、市井の人びとと触れ合うこともできた。

海兵隊出身でおそらく日本に対する複雑な感情を持ちながらもこぼれんばかりの笑顔で孫と遊ぶ義父、日本人家族だとわかったとたん不愛想で無口になった焼肉屋の店員さん、その時の不満を口にした時に「それはしょうがないこと、韓国の文化も尊重しないと」と諭す義妹、デパートの遊び場で3歳の次男に「遊ぼう、遊ぼう」と積極的に声をかけてくれた女の子、PCが故障し青ざめる私に日韓のPC事情を熱く語り続けた修理屋のおじさん、銭湯で「日本に住めて幸せだねえ」と七歳の長男におだやかに話しかけるご老人、そして「イモ~、ノラジョオ!」(叔母さん、遊んでよぉ!)と覚えたての韓国語を駆使して義妹を追いかける息子たち……。

いずれも「日本人」と「韓国人」との、最も草の根の触れ合いの場面である。

私たちは、よく「日本は……」、「韓国は……」と、国家とそこに暮らす人びとを同一視してしまう。

けれども、日本において多様な人びとが色々な考えを持って生活していることとまったく同じように、韓国の人びとも多様であり、日本という国家や日本人に対する考えも実に様ざまである。これは北朝鮮の人びとも同じだろう。

このことを私は、日韓を往き来する日々の生活の中で、折に触れて実感する。でも残念なことに、この当たり前なことを、私をふくめた多くの人びとがとかく忘れてしまう。国際政治のニュースなどを見ると、どうしても国家と個人が一体になってしまう。

そのような時に、日本列島と朝鮮半島との間に多様な交流がいにしえから培われ、紆余曲折を経ながらも、今に続くことに思いをはせることができれば、互いの多様性についての意識とそれへの配慮が、少しは生まれるはずである。

その積み重ねによって、日本列島と朝鮮半島に暮らす人びとの関係が、より親しみのあるものへと変わっていくのではないか。

この長年抱いている思いが、執筆動機のひとつめである。

 

韓国女学生の反論

二つめは、今から十数年前にもなる韓国留学中に、後輩の韓国女学生と交わした会話である。

当時の私は何となく、韓国人を国家の下で強いまとまりを持つ人びとと考えていた。

そう考えたのは、戦争記念館や独立記念館、あるいは西大門刑務所跡など、韓国人の愛国心を高揚させる施設をあいついで見学したことや、一緒に机を並べる学生から、私には経験のない兵役や日本よりかなり厳格に思える韓国社会の上下関係について聞かされたことなどが、主な理由だった。

韓国を知ったつもりになって、日本人の方が一人ひとり多彩な考えを持って自由じゃないかな、とも考えていた。

しかしそのことを話すと、後輩の彼女は静かにこう反論したのだ。