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思想
人生で本当に価値があるのは「履歴書」か「追悼文」か
デイヴィッド・ブルックスの憂鬱

ビル・ゲイツが激賞した本

デイヴィッド・ブルックスの“Road to Character”の邦訳が、『あなたの人生の意味』というタイトルでようやく出版された。

ブルックスはニューヨーク・タイムズの著名コラムニストの一人であり、2015年に出版された原著は刊行当初から好評だった。

今やすっかりアマチュア書評氏の一人となったビル・ゲイツからも「2015年のベスト6冊」の筆頭に選ばれていた。それもどうやら2015年に60歳を迎えたゲイツからすると、この本の主張に感じ入るところがあったからのようなのだ。

本書は冒頭で、人間の美徳を二つに分けている。社会的成功をもたらす「履歴書の美徳(résumé virtues)」と人間的内面の核を支える「追悼文の美徳(eulogy virtues)」だ。

前者は、人生で何を成し遂げたか、どれだけ社会的に偉大な出来事を達成できたかという、文字通り「成功」をもたらすような美徳=行動指針のことだ。

一方、後者は、人生を全うした後、残された人びとがいかにして自分を回顧するか、その人の人格を伝えるために引用される「人間的素晴らしさ」を讃える美徳の数々だ。

だから「追悼文」というよりも「弔辞」の方が相応しいのかもしれない。故人を偲ぶ言葉として、故人の人となりだけでなく語り手の情感をも伝える言葉として選択されるような、エモーショナルな要素をもつ道徳的な美徳だからだ。

ゲイツが感じ入ったというのも、まさに60歳になって、つまり日本でいう還暦を迎えて、自分とは何であったのか、人びとにどのように記憶されたいのか、ということを考えずにはいられなくなったからなのだろう。

 

マイクロソフトを創業し、情報化社会を世界中にもたらし、世界一の富豪となり、引退後は貧困撲滅を訴える慈善家として活躍している。文字通り、履歴書を輝かせる功績の連続であり、彼の成功譚は「履歴書の美徳」の実践例であり宝庫なのだ。

だがそんな彼であっても、それら綺羅星の如き実績を通じて、では果たして自分はどのような人物として、いかなる道徳的美徳の体現者として人びとの間に記憶されることになるのか、想像しないではいられない。

どれだけ成功しても、金の亡者であったわけではない。社交性に欠けるギークであったわけでもない。打算的な慈善事業家であったわけでもない。ならば、お前は何者だったのだ?

そのような心の内側から湧き上がる問いにどう答えるのか。いや、人びとはどう応えてくれるのか。そんな人生の幕引きに関わる強い関心が、ゲイツをブルックス本に向かわせたのかもしれない。

原著を直訳すれば「(品のある)人格へ至る道」。自らの内面をいかにして涵養するのか。その問いに答えようとするのが本書の試みだからだ。

デイヴィッド・ブルックス氏〔PHOTO〕gettyimages