アンディ・ラウ(劉徳華)photo by Tamaki Matsuoka
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黄金時代も今や昔…死に体の「香港映画」に復活の道はあるのか?

ルポ・香港返還から20年【後編】

1997年7月1日の、イギリス側から言うと「返還」、中国側から言うと「回帰」から、間もなく20年目を迎える香港。記念日には少し早いが、2月中旬に訪れたの香港の様子をまじえながら、この20年の変化を前後編に渡って振り返ってみたい。(※前編はこちら

消えたテレビ局

前編に登場した、香港滞在が長い友人と話している時、ショッキングなニュースを聞いた。香港では長い間、地上波のテレビ局はTVB/無線電視とATV/亞洲電視の2つだったのだが、そのATVがとうとう放送を終了した、というのである。調べてみると、2016年4月2日で、前身のRTV/麗的電視が1957年に放送を始めて以来の、59年弱にわたる歴史を閉じていた。

今でこそ他の地上波テレビ局もできてきたが、TVBとATVという2局しかない時代が長く続き(公共放送のRTHK/香港電台もあるが、RTHKは独自のチャンネルを持たず、TVBとATVの枠を一部使って放送)、それも視聴率はTVBの独り勝ちという、何とも変則的な状況が香港のテレビ界だったのである。

TVBの画面。地下鉄内の放火を伝えるニュース photo by Tamaki Matsuoka

1990年代、ゴールデンタイムのTVBの視聴率が30~40%だったのに対し、ATVの視聴率は1桁が常だったと思う。それでも朝のニュース番組や、ミス・コンテスト番組、いろんな芸人や歌手が登場するチャリティー番組などではATVも健闘し、視聴者の支持を得ており、TVBに対抗する存在としての意義は大いにあったのである。

ATVがなくなってみると、TVBも昔の勢いが見られず、香港のテレビ文化全体に影が差してきたように感じられる。

 

香港では、1970年代の初めにブルース・リーのブームが起きたあと、それまでテレビでバラエティ番組を持っていたマイケル・ホイ(許冠文)とサミュエル・ホイ(許冠傑)兄弟が映画に進出、コメディーブームを巻き起こす。

日本では『Mr.Boo!ミスター・ブー』(1976年)という邦題になった『半斤八両』が先に公開されたが、1974年のシリーズ第1作『Mr. Boo! ギャンブル大将(原題:鬼馬雙星)』はテレビから映画へという道筋を作り、以後、テレビドラマ出演から映画へとシフトする俳優が続出した。

『Mr. Boo! ギャンブル大将(原題:鬼馬雙星)』ポスター photo by Gendai Business

現在大俳優として活躍するチョウ・ユンファ(周潤発)や、アンディ・ラウ(劉徳華)、トニー・レオン(梁朝偉)、そして『少林サッカー』(2001年)等で日本でもお馴染みのチャウ・シンチー(周星馳)らは、いずれもテレビ出身の俳優である。

中でもTVBは「芸員訓練班」という名称の俳優養成所を有し、前述の4人もここの卒業生であるほか、のちに大監督となるジョニー・トー(杜琪峯)やスタンリー・クワン(関錦鵬)らもこの養成所で学んでいる。このように、これまでテレビ局は俳優の誕生にも大きく貢献してきたのだが、返還以降はその機能が働かなくなった。映画界に、若手俳優の育つ場がなくなってきたのである。