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アフリカで現地の女性に恋した私が思わずイスラム教徒になるまで
文化人類学者の突撃異文化交流記

人はいかにしてイスラム教徒になるのか

「スズキ、おまえはイスラム教徒だったよな」

これは、1996年7月のある日、西アフリカ、コート・ジヴォワールのアビジャンで私に問いかけられた言葉である。

相手は、現在私の妻となっている女性の親族。彼女への結婚の申し込みにおける一幕である。さて、私は何と答えるのであろう――。

私は文化人類学者。専門はアフリカ音楽。

文化人類学者は長期間のフィールドワークをおこない、現地の人々と生活をともにしながら、自分自身で一時資料を収集してゆく。

博士課程の学生であった私は、前回のFIFAワールドカップで日本人にもお馴染みになったコート・ジヴォワールの大都市アビジャンに1989年から住み込み、当地のストリート文化と音楽について研究していた。

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経済的事情から、家庭の事情から、小中学校を中退してゆく少年たち。彼らはストリートを舞台として、靴磨きやバスの客引きなどの経済活動にいそしみ、あるいはスリや強盗などの犯罪に手を染めながら、独自のスラングやダンスなどをつくりだしてゆく。

彼らの好きな音楽は、ジャマイカのレゲエとアメリカのラップ。これら外来のポップスと自分たち独自のストリート文化をミックスさせ、アビジャン独自のレゲエとラップを発展させ、ストリート出身の人気歌手がメディアを賑わせる。

80年代から90年代のアビジャンはまさにストリート文化最盛期。私はその環境にドップリと浸かり、身も心も彼らと同調していった。

ストリート・ボーイたちとゲットーを闊歩し、カッコつけのラップ・ミュージシャンたちの写真を撮り、頑固なレゲエ・ミュージシャンたちと議論する。

こうしたストリートの調査に全身全霊を傾けていた、と言いたいところだが、じつはもうひとつ熱中していたことがある。

「恋愛」である。

私がアビジャンで生活をはじめたのは1989年の4月。同じ年の、日本でいえば秋口、私はひとりの少女と出会った。