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メディア・マスコミ

「ミヤネ屋」の下川美奈が打ち明ける『テレビ報道記者』現場のすべて

女性初の「警視庁キャップ」半生を綴る

「女は来るな!」と怒鳴られて

―日本テレビ社会部デスクとして活躍する一方、近年は情報番組のキャスターとして、お茶の間に親しまれてきた下川美奈さん。『テレビ報道記者』では、入社から今日までのテレビ報道記者としての歩みを率直に綴っています。

旧知の出版社社長から「これまで携わってきた仕事について書いてみないか」とお話をいただいたのがこの本を書いたきっかけです。当初は「私の話なんて、世の中の役に立たないだろう」と思っていたんですが、画面には映らないテレビ報道記者の日頃の奮闘を描くことで、これまでとは違った視点でニュースを見ていただけるかもしれないと考えて執筆しました。

―入社時は政治記者を目指していたとか。

私が大学生だった'92年にアメリカ大統領選挙でビル・クリントンが当選し、日本では'93年の衆院選で細川護熙政権が成立しましたが、いずれもテレビの報道が有権者の投票行動に大きく影響を与えた気がしました。それを見ていて、「テレビは政治を変えるかもしれない」と思い、政治記者を志したんです。

―ところが配属先は警視庁記者クラブでした。

先輩の木村優子キャスターから「下川、警視庁クラブだって」と知らされたときは、思わず号泣してしまいました。

警視庁担当は、事件が起これば昼夜を問わず取材に向かわなければならないので、もうデートもできないし、友達に会う時間もない、と目の前が真っ暗になりました。

 

―配属先では厳しい試練が待っていましたね。

配属された初日に、現金輸送車が銃撃されたんです。特別捜査本部が設置される重大事件でしたから、私も夜回り取材に行くよう指示が出ました。

といっても、配属されたばかりで誰を取材すればいいのかわからない。仕方なく、唯一あいさつ回りで名刺交換していた幹部の家に行ったところ、「うちは単身赴任だから女は来るなっ」とすごい剣幕で怒鳴られたんです。

それまでの人生で、あれほど人から拒絶されたのは初めてだったのでショックを受け、しばらくは「誰も取材を受けてくれないんじゃないか」と落ち込んでいました。

―どうやって克服したんですか。

毎日、様々な人を取材していると、「女の子なのに大変だな」と優しく声をかけてくださる方もいて、何も男性だから優先的に取材できるわけじゃないし、女性だからこそうまくいくこともあるとわかったんです。それからは少し気楽になって、「ひとりダメでも、次がある」と取材に前向きになりました。

人間として成長できたスクープ

―粘り強い取材を続けた結果、「国松警察庁長官狙撃事件」の容疑者逮捕の一報を、他社に先駆けてスクープしました。

警視庁クラブのサブキャップを務めていた'04年、公安部がオウムと関係の深い元巡査長を詳しく調べているという情報を掴み、事件発生から9年となる3月に特集を放送しようとしたんです。ところが、放送すると公安部幹部に通告したところ、「立件に向けて動いているから困る」と言われて。

―記者としては一刻も早く報じたい心境です。

他社は全く知らない大スクープですから早く報じたいけど、捜査妨害になってはいけない。その葛藤に苦しみましたが、我慢することにしました。7月まで待ち、いよいよ明日、逮捕というタイミングで、急に察知した新聞社が朝刊に載せることがわかり、慌てて深夜に報じました。

ギリギリでしたが日本テレビが第一報を報じることができ、警視庁とも信頼関係を保てました。人間としても成長した取材でしたね。