メディア・マスコミ

テレビはいつまで「勉強のできる優等生」をバカにし続けるのか

日本のゆがんだ逆学歴差別
前川 ヤスタカ プロフィール

「すごいね」と言われない

芦田愛菜の受験の話と相前後して、別なワイドショーで、有名人ではない一般のお子さんの難関中学合格者特集というのもありました。

今回の受験で、日本で一、二を争う難関男子中学と難関女子中学に合格した二人の一般人受験生。そのVTRをみたコメンテーターからはやはり紋切り型の発言が目立ちました。

外国人の口を借りてちくりと言うのもワイドショーの常套手段ですが、ハーバード大卒のパトリック・ハーランからは「なぜこの子たちは東大で医者ばかり目指すのか」「アメリカでは学校の勉強以外でも評価される」という指摘があり、それに対してテリー伊藤は「日本はこういうエリートコースが決まっちゃっていて、そこをはずれた人間を見下すからこうなるんだよ」と返しました。

Photo by iStock

勉強の才能があり、加えて努力もして成果を出した子供達が、あたかもこの後、高慢ちきなインテリに育ち上がるのが前提のような口ぶりです。

そこで、中田敦彦が、元勉強できる子側の立場から「この子たちは間違いなく能力が高い。今は東京大学医学部とか、決められたレールに乗って目標に向かっているけど、いずれ自らの意思で進路を選ぶのが楽しみ」と返したのがまだ救いでしたが、なぜここでシンプルに「すごいね」「将来が楽しみだね」だけではダメなのでしょうか。

 

教育の議論がちぐはぐ

例えば、リトルリーグの世界大会でホームランを量産した小学生のニュースなら「すごいね」「将来が楽しみだね」で終わりです。

勉強できる子の場合だけ、なんだかそれをダシにちくりと言ってやろうみたいな空気になるのは納得がいきません。

また、野球の話題なら元プロ野球選手なり、野球の監督なり専門家がコメントしますが、2020年の大学受験改革に向けた取り組みなど教育行政の現場にいる人は、こういった番組には、ほとんど出てきません(せいぜい尾木ママがたまに出てくるくらいでしょうか)。

日本の教育について議論をするのなら、「ゆとり」「脱・ゆとり」「エリート」「東大」「学歴」みたいなキャッチーなフレーズだけで表層的に芸能人がしゃべるのではなく、きちんとしたデータに基づいて専門家が話すべきではないでしょうか。

メディアが振りまく勉強に対するネガティブな印象や誤解は、世の中に蔓延し、勉強を頑張っている子の心を少しずつ削ります。

スポーツができる子がすごい、楽器ができる子がすごい、絵が上手い子がすごい。それとまったく同列に勉強ができる子も、何の含意もなくすごいと言ってもらえる。そのような社会になっていくことを強く望みます。

どうか次世代の子供たちが「卑屈化」することがありませんように。