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プリプリの名曲『M』、今だから明かせる誕生秘話
バブル絶頂期に生まれた珠玉のバラード

「いつも一緒にいたかった」女の子の素直な気持ちを歌ったバラードは、オジサンにも沁みた。好きだったあの子のイニシャルを思い出しながら、聴いていた。

時代を超える名曲が誕生した舞台裏を、作詞を担当した富田京子さん(プリンセスプリンセスのドラマー)、音楽プロデューサーの河合誠一マイケルさん、笹路正徳さんが明かす。

『M』/'89年4月に発売され、シングルCD史上初のミリオンセラーとなったプリンセス プリンセスの『Diamonds』のカップリング曲。DVD・ブルーレイ「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012-2016 再会 -FOR EVER-“後夜祭”at 豊洲PIT」が3月8日発売

失恋の実体験を書いた詞

富田京子 マイケルさんも笹路さんも、『M』なんて忘れちゃったんじゃない?

河合誠一マイケル 忘れるわけないよ。というより、しょっちゅう聴いてる。僕は今も岸谷香(当時は奥居香・ボーカル)のプロデュースをずっと続けていて、彼女がソロコンサートでいつも演奏しているから。

笹路正徳 振り返ってみると、この曲が発表されてからもう30年近く経ったんだよね……。最初はアルバム『LET'S GET CRAZY』('88年)に収録されて、その後、大ヒットしたシングル『Diamonds』('89年)のカップリング曲として発売された。

河合 当時のプリプリは、曲を先に作って、詞は後から書いていたけれど、この曲は珍しく詞が先にできた。キョンちゃん(富田)が失恋したときに作ったんだよね。

富田 そうです。好きだった人と結局上手くいかなくて、香の家で私が大泣きしながらお酒を飲んでいたら、香が「悔しい思いを詞に書きなよ。私が良い曲をつけてあげるから、ヒットさせて彼に仕返ししよう」と言い出したんです。

それで思いの丈をバーッと書き殴った(笑)。あれは詞というより、言葉の羅列でしたね。それを香がうまく並べ替えて、曲にしてくれたんです。

笹路 僕は、プリプリが成功した理由の一つに、カナちゃん(中山加奈子・ギター)とキョンちゃんという、優れた作詞家がバンド内に2人もいたことが大きいと思う。

『Diamonds』に代表されるように、カナちゃんは若い女の子らしいエネルギーにあふれた詞を書く。一方のキョンちゃんは「普通の女の子」の日常に起こることを、等身大で描いていた。『M』はまさにそういう曲でした。

 

富田 あの頃、私たちが所属していたソニー・ミュージックレコーズには、米米CLUBさんとか、尾崎豊さんとか、すごく個性的な人が多かったけど、私たちは本当に普通の女の子だった。当時はバブル真っ只中で、個性的であることがカッコいい時代。だから「普通すぎてつまらない」と言われたこともありました。

河合 普通だからこそ、たくさんの人たちに受け入れられた。「いつも一緒にいたかった」という出だしの言葉も、誰もが一度は感じる気持ちでしょ。

何気ない日常の中で

富田 当時は、別れた恋人のことを想いながら書いたわけですけど、後になって「一緒にいたかった人」というのは、何も恋人に限らないんだと、わかったんです。

それに気づいたのは、プリプリが'12年に再結成して、東日本大震災の被災地でコンサートをした時でした。被災者の中には、ご家族やお友達をなくした方も大勢いらっしゃいますから。

河合 人によっていろんな受け取り方ができる。そう考えるとすごく普遍的な詞とも言えるよね。

富田 普遍的といえば、香と作ったとき、「コンビニに入ったときに流れてきたらグッとくる曲にしよう」って具体的な目標を立てたんです。

河合 何気ない日常の中で断片的にさらっと聴いても印象に残る歌、ということだね。

笹路 コンビニのスピーカーって、低音や高音は聞こえづらいけど、中域の音ははっきり聞こえる。普通、作り手としてはディテールについ凝ってしまうんだけど、そういう余計なものがない分、多くの人の共感を呼んだんでしょう。