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「しかたがない」を英語で言うと? 英訳の超難問、その見事な答え
翻訳に必要な"思考の経路"とは
片岡 義男 プロフィール
エイドリアン・トミネ氏〔PHOTO〕gettyimages

しかたがない、という言いかたは、どうにも出来ない、という言いかたに置き換えることが可能だ。

どうにも出来ないからには、それをそのまま受けとめるほかなく、受けとめるにあたっては、そのことに関する理解は充分にいきとどいている、という状態であるはずだ。よくわかる、という状態だ。

このように順を追って考えていくと、しかたがない、という言いかたに託された気持ちは、しかしすべて理解は出来ている、という意味になる。

しかたがない、と言わざるを得ない状況は、じつは、よく理解は出来ている、という状況なのだ。だからそれをそのまま英語にすると、It was all very understandable. となる。

この言いかたは、英語としてきわめて中立的なものであり、したがっていっさいなんの無理もなく、すんなりときれいに意味は伝わる。

理解は出来ましたけれど、それ以上にはどうすることも出来ませんでした、という意味をきわめて下世話なひと言に置き換えると、しかたのないことでした、となる。

こうして書いていていまふと思うのは、日本の英語教育の現場では、そこで教えているのは understand までであり、understandable は埒の外なのではないか、ということだ。その結果として、understandable に very がつき、It を主語にして文章が成立するなど、思いもよらない世界の出来事となるのではないか。

 

未来の息子への手紙

最後の1ページに描かれた都会の夜景にはおそらく深刻な意味が託されているのだろう。このような景色のなかの、どの細部に自分は帰属すればいいのか。帰属などが、ここでそもそも可能なのか。そんなことを思う自分とは、いったいなになのか。

ストーリーはまだ終わっていない。続いていく。どこへ、どのように、それは続くのか。まったくわからない。予測はなにひとつ成立しない。このような日々の底にあるものを、悲しみなどと呼んでいいものかどうか。

「これを読むあなたは何歳になったのかしら。私が不在だったのはどのくらいの期間なの?」と彼女は読み手に訊いている。なんらかの理由で彼女は不在を続け、そのあいだに子供は成長した。

アメリカから最初に日本へいったときには、この子供は彼女が膝にかかえていればよかった。しかしカリフォルニアに戻るときには、ひとり分の座席料金を支払わなければいけないほどに、体は大きくなっていた。かなりの期間をふたりは日本で過ごしたのだろう。

「日本とはまったく違った未知の生活を私たちが始めたときのことを覚えてるかしら」とも彼女は書く。日本からカリフォルニアに戻ったときのことだ。

表紙のイラストレーションとおなじものが、14番目のイラストレーションとして、ストーリーのなかに登場する。カリフォルニアに戻った母と幼い息子が、迎えに来てくれた夫(息子にとっては父親)と三人で、食事をしたデニーズだ。

(c) Adrian Tomine

「あなたはお腹を空かせていたのでフリーウェイの近くのダイナーに入り、あなたのお父さんはミルクと野球のボールのように作ったパンケーキを注文してくれました。あなたはそのすべてをむさぼるように食べました」と彼女は書いている。

「あなたの父親は、あなたがまるで宇宙から帰還した飛行士ででもあるかのように、好奇心をかりたてられていろいろ知りたがっていましたが、私には、文章を最後まで言い切るように、と言っただけでした」という文章もある。

文章を最後まで言い切るように、とは英語で Complete sentences. と言う。日本の日常では、言っていることを最後まできちんと完結した文章にしろ、と夫から言われることは、ひょっとしたら一生に一度もない。

エイドリアン・トミネは1974年にカリフォルニアのサクラメントで生まれた人だ。彼の描く Optic Nerve のシリーズが1991年からだから、僕が彼の著作を最初に知ってから、すでに二十数年が経過している。その期間に僕が楽しんだのは、Sleepwalk and Other StoriesSummer BlondeShortcomings32 StoriesScrapbook、そして Killing and Dying だ。