防衛・安全保障 憲法

日本はずっと昔に自衛隊PKO派遣の「資格」を失っていた!

誰も言わない本当の論点
伊勢崎 賢治 プロフィール

南スーダンで起きたこと

肝心の国連の側はどうか。国際人道法違反への責任がとれない自衛隊に、地位協定で裁判権上の特権を付けて任務を与えることにリスクは感じないのか。

答えは簡単。国連はそれほどヒマじゃないし、余裕もない。

アフリカ大陸だけでも8、9を超えるPKOミッションを抱える国連は、そのうち、常時一つぐらいのミッションにしか参加しない、それも数百人の施設部隊の国の事情にかまっているほどヒマではない。

筆者は国連PKO最高司令官/副官レベルの幹部(そのうち一人はハイチで自衛隊を指揮した人物)と仕事をしてきたので、これははっきり言える。自衛隊はずっと「お客様」だった。

これは、現場で、それなりのリスクの中で、誠心誠意任務をこなしてきた自衛隊員諸君を揶揄するものでは絶対にない。寡黙な彼らを送る日本の政治意思を揶揄しているのだ。

だって、PKO部隊派遣は、発展途上国、もしくは周辺国が主力になることが、すでに慣習になっているのに、それをやってくれる希な先進国なのだ、日本は。日本でさえ出してくれる……という喧伝ができる。兵力を集めるのにいつも苦心する国連事務局にとって嬉しくないわけがない。

国連最大の拠出国アメリカが分担金を出し渋り、ただでさえ緊縮、リストラの嵐が吹き荒れている国連。自衛隊が来れば、日本のODAも一緒に付いてくる。細かいことは知らないけど何か特別な事情を抱えているらしい、とにかく怪我をさせないように、最も安全な時期に、最も安全なところで、最も安全な任務をやらせる。

今までは、これで、やってこられた。

ところが昨年7月の南スーダンでは、一番安全なはずの首都ジュバで大規模な戦闘が起き、政府軍と国連PKO部隊が合いまみえる異常事態が発生し、自衛隊のための「仮想空間」が、1992年のカンボジア派遣以来はじめて、吹っ飛んでしまった。

ただ、それだけなのだ。

本当の論点

繰り返す。

1999年の時点で国連PKOは「紛争の当事者」となることが前提になったのだ。

「権利としての戦争」と共に、国際人道法に制約されながら戦闘つまり交戦することをも9条2項で禁止する「交戦権の行使」として日本政府は解釈しながら、必要最小限度のそれは外見上は同じでも交戦権の行使ではないと説明している間に軍事大国になってしまったのが日本(http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/seisaku/kihon02.html)。

それも個別的自衛権のためでなく他国の紛争の当事者になるのだから、この時点で自衛隊の参加の違憲性は改めて問われるべきだった。

2011年に自衛隊の南スーダン派遣を決めたのは民主党政権だった。停戦が破れたら撤退を可能とする、1992年から変わっていない「PKO派遣5原則」を根拠にして。

その後、内戦の激化に伴いPKOは東ティモールの時のような国づくりの手助けではなく、「住民の保護」が筆頭マンデートになってゆく。PKOはとうの昔に住民を見捨てない時代になっていた。民主党政権はこれを見通して派遣するべきだった。

今必要な政局は、PKO派遣5原則の違反で安倍政権を糾弾することじゃない。「PKO派遣5原則の違反」が問題ではなく、「PKO派遣5原則そのもの」が問題なのだ。

これを政局にする限り、自衛隊は戻ってこない。なぜなら、自衛隊を押し留めているのは、PKO派遣5原則違反か否かの葛藤ではなく、単純に、自衛隊だけが足抜けし、住民を見殺しにすることを国際社会が許さないからだ。

でも、このままだと与野党双方が現場で事故が起こるのを待っているようなものだ。

どうするか。一つしかない。

南スーダンから自衛隊を撤退させるには、「これを政局にしない」と、民主党政権時にこの問題のそもそもをつくった民進党が自民党に歩み寄り、それを共産党は黙認し、自衛隊撤退の代案を皆で考え、国際社会に提示する。これ以外にはない。

そして、今こそ、1999年の告示を真正面に捉え、PKO派遣5原則の抜本的な見直しと、国際人道法と自衛隊の法的な地位の問題の決着を国民に委ねるのだ。(了)

職業:「紛争屋」 職務内容:多国籍の軍人・警官を部下に従え、軍閥の間に立ち、あらゆる手段を駆使して武器を取り上げる。机上の空論はもういらない!現場で考えた紛争屋の平和論。