美術・建築 ライフ アメリカ

私たちの「欠落感と寂しさ」を見事に描く漫画家、トミネの世界

すべての物がテンポラリー…
片岡 義男 プロフィール

トミネが描く主人公たち

人の日々を支えるのは経済だ。経済は労働で可能になる。労働とは、なんらかの仕事だ。そしてその仕事そのものが、テンポラリーさの見本のようだ。

雇用されると仕事はいきなり始まる。そのうちかならず終わる、という前提のもとに、いつもおなじ仕事が、刻々たるテンポラリーさで続いていく。

そのような仕事に支えられて、日々の経済をなんとかしていく人たちは、じつは誰もがひとつの一定した存在であり、消しがたい継続性を自分のなかに持っている。

しかし仕事と自分は相反している。テンポラリーさは物事の本質にまで到達しているから、自分についてふと考えると、自分の継続性は物事すべてのテンポラリーさと対立していることが、すぐにわかる。わかったところでどうにもならない、と思うところに、自分をめぐる悲しさ、寂しさ、不安感、寂寥感、焦り、欠落感などがひとつに重なる。

1997年にアメリカとカナダで刊行されたSleepwalk and Other Stories というトミネの作品集の裏表紙に、トミネの主人公たちの世界を言いあらわす言葉として、modern urban life や struggle to survive という言葉が使われている。

自分が常にかかえている欠落感や寂しさなどのほとんどすべてを埋めるようなコネクトを彼らはどこかに求め、求めるためには、あがき、もがき、戦い、組み合わなくてはいけない。

彼らのそのような現場が、そしてその現場に生きる彼らの心象が、Killing and Dying の表紙に描かれた景色だ。

(→後編「"しかたがない"を英語で言うと?」はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/51059

片岡義男『ミッキーは谷中で六時三十分』東京の街を舞台に、記憶と言葉、男と女を描いた魅惑の7篇。