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「お前が言うな!」を覚悟のうえで、
それでも僕が言いたいこと

乙武洋匡がミッツに激白【前編】

「不倫騒動が起きた後は、何を考えていたんですか?」「炎上に加担している人は思考停止していてダサい」

ベストセラー『五体不満足』の著者で、コメンテーター以外にも教育者やスポーツライターの側面も持つ乙武洋匡氏。昨年3月に不倫騒動が起き、一時活動を休止せざるを得なかった心中とはーー

歯に衣着せぬ物言いで、メディアに引っ張りだこのミッツ・マングローブ氏がズバズバ斬り込んでいく、異色の2人の特別対談前編。

取材・文/田中亜紀子

むしろイジってください

乙武 ミッツさん、よくこの対談を受けましたね。いま、僕と絡んでもいいことなんてないですよ(笑)。

ミッツ それはお互い様じゃないですか(笑)?

乙武 そんなことないですよ。でも、今回の対談受けていただき、本当にありがとうございます。とにかくミッツさんにお会いしたかったんですよね。ずっとミッツさんと飲みたかったけど、忙しい方なので、仕事を絡めれば会えるかなって思って。それで、今回の対談のお相手を、ミッツさんにお願いしたんです。公私混同(笑)

ミッツ 忙しいというか出不精なんですよ。知らない所に行くのは気後れしてしまう性格、というか、面倒くさがりなのでね。

乙武 いやいや、ミッツさんは気遣いをする人なんですよ。こうしてお会いするのは3回目ですね。数年前にLGBTのイベントでお会いしたのがはじめて。2回目が、去年の「騒動」の直前だったかな。一緒に飲んだ時に「あ、ミッツさんはだいたいこういう感じね」とわかったんです。

ミッツ なにがわかったんですか(笑)。

乙武 僕がぶっちゃけても平気な人だと。僕もいろんな方を見てきていますが、ミッツさんと話していると、どんなにブラックでも、どんなに弱くても、受け止めてもらえそうだなという安心感があるんですよね。この人の懐の深さなら、僕のありのままを見せても大丈夫だと。

Photo by Rana Shimada

この対談の直前に、「5時に夢中!」(東京MXテレビ)でミッツさんと共演させていただいたんですが、番組放送後、Twitterで視聴者の反応を見ていたんですよ。

ぶっちゃけトークにみなさん大盛り上がりでしたけど、一番うれしかったのが「ミッツさんが乙武さんのことが好きすぎるのがわかる。狙ってるのかしら」ってやつ。思わずリツイートしようかと思いました(笑)。

ミッツ (笑)。私は、学生の頃に『五体不満足』を読んでいたので、初めて会った時から違和感なくお付き合いさせていただいています。

ちなみに私は、寛容じゃない。好奇心旺盛なだけです。特に下半身の(笑)。そういうことは、乙武さんの本に書いてないから、直接聞いてみたいなと思ってただけ。

でも、今日の「5時に夢中!」、乙武さんがゲストにきているのに、視聴者への質問・テーマが「あなたの性欲は強いですか」ってどうよ(笑)。まあ、確信犯的なんだろうけど。

乙武 すごかった。テーマを聞いたとき、大谷翔平ばりの160キロ級のストレートが飛んできたな、と。

ミッツ スポーツライターっぽさが出てる表現ですね(笑)。乙武さんは、ぬかりないというか如才ない。テレビの共演は初だったけど、なんか、キャラというか落としどころが、騒動の前より盤石になった感じがしました。

最近どう? と聞かれた時に、「荒波のあとの火だるまです」の一言で返すんだから。すごいなと思った。もとからそういうことを言える人だとは知っていましたけど(笑)。

乙武 僕にとって今、一番ツライのは、腫れ物に触るように扱われること。そういう意味では今日はいい感じでイジっていただきました。

ミッツ 私は「5時に夢中!」の金曜日のMCを担当しているんだけど、私の回は、はからずも「渦中の人」がゲストに来ることが多いんです。番組としてもそれが売りになる。3年前にのりピー(酒井法子)がゲストに来たときも、ジョギングの話をひとしきりした後に彼女が一言、「私が健康のこと語るなって感じでしょ」って(笑)。

乙武 すごいね(笑)。

ミッツ さすがだな、と思った。のりピーが来てるというだけでも緊張するのに、さらに大きな騒動の後だったから、それこそちょっと腫れ物に触るように接していた。ゲストとしてどういうふうに振る舞われるんだろうなと思ってたら……そんなきれいな自虐の仕方があるんだな、ってちょっと感動しました。

乙武 うーん、見習いたい(笑)。

ミッツ うちらがそれやってもかわいくもなんともないですけど(笑)。あと華原朋美さんが一時的に芸能活動を休止されていて、そこから復帰した時に「5時に夢中!」に出てくれたんですが、カメラに向かって、「中森明菜さん、私も復帰できたんでがんばってください」って(笑)。

乙武 それはパワープレーだなぁ(笑)。

不倫騒動後に考えたこと

ミッツ ところで、不倫騒動が起きたのが去年の3月。その後、テレビで「活動再開」するまでの9ヵ月間は、何をしていたんですか?

乙武 毎日本読んだり、日本史の勉強をしていました。

ミッツ なんで歴史なんですか?

乙武 3年くらい前から大学生と「憲法」とか「エネルギー」とか、いろんなテーマでの勉強会をしていて、今回は日本史にしようと。いつもはその分野の専門家をお呼びして講義していただいてたんですけど、今回はヒマだから自分でやろうかなと思って。

ミッツ こういっちゃなんだけど、歴史を見るのって究極の現実逃避じゃないですか。

乙武 違うんですよ。歴史を学ぶと、この出来事って今のこの事象とそっくりだなとか、未来へのヒントのようなものも見えてくる。

ミッツ 歴史と現実をつなげて考えるんですね。そうすると、余計につらくならなかったですか?

乙武 私自身は身から出たサビ、自業自得ですけど、まわりには本当に苦労をかけてしまったなと。特に事務所のスタッフですよね。マスコミ対応から私の身の回りの世話など、すべてこなしてくれて。白髪が増えたり、肋間神経痛になったりと大変でした。

Photo by Rana Shimada

ミッツ 騒動の後はどんなことを考えていたんですか?

乙武 騒動直後は、何とか家庭を立て直したいという思いでいましたけど、それが叶わないとわかってからは、しばらく放心状態ですよね。思考停止というか、もう何も考えられない。そこからしばらくして、秋頃から「仕事もしなくては……」と思い始めたものの、これまでのようなスタンスではできないし、と。

ミッツ 一番落ち込んだのはいつですか?

乙武 騒動の直後ですかね。誕生日会になるはずだったパーティーも「謝罪の会」みたいになってしまった。それでも多くの仲間が心配して駆けつけてくれて。やっぱり、応援してくれていた仲間に迷惑をかけたのが自分の中では一番つらかったです。

ミッツ 自分でそれを処理して、もう一度立ち直ろうという気にはなりましたか?

乙武 不謹慎な例えかもしれないけど、「一部倒壊」なら、そういう気持ちになれたんでしょうけど、言ってみれば「全壊」だったので、途方に暮れてましたね。

ミッツ ネットで「エゴサーチ」しました?

乙武 見始めたけど、スクロールしてもしても、きりがないなって感じで(苦笑)。

ミッツ でも見ちゃいますよね。私は結構ネット上の評判も気にするし、全部把握しておきたいタイプ。乙武さんのこともそうだけど、最近、何かひとつのことが起きると、一気に炎上しますよね。

マスコミはいつの時代もスキャンダルが飯のタネだから、そこに商品価値があれば食いつくのは然るべき姿だと思う。でも、最近は彼らのプライドが見えないですね。報じ方とか取り上げ方に、節操がないというか……。

たとえばすごくイヤなのは、ニュース番組やワイドショーで、ニュースを報じている最中にも、画面の下に視聴者からのTwitterコメントを出すじゃないですか。「市民の声も伝えています」というつもりなのかもしれないけど、私は媚びてる感じがしてすごくイヤ。

とりあえず自分たちが伝えるものをある程度伝えきるまでは、見てる側の意見なんて見せない方がいいと私は思ってるんですよ。それこそ、自分たちが報じていること、取り扱っていることに自信がないのかなって感じてしまいます。

「視聴者からの反応もあるから、これは取り上げるべきニュースだったんだ」って自分たちを納得させているだけのようにも見えてしまう。

批判は気にならない

乙武 あるいは、ニュース自体をそのメディア独自の視点で見せることができないから、視聴者のコメントで「独自性」を補おうとしているのかもしれませんね。

僕がスポーツライターをやっていた時期に、メディアに関して不思議に思っていたことがあります。それは、囲み取材についてです。

例えば試合が終わった後に監督や活躍した選手に各紙の記者が群がってコメントを聞く。サッカーチームの取材で、コメントを取らなきゃいけない選手がたくさんいる場合、この選手にはこの社が、あの選手にはこのメディアが、というふうに分担し、あとで記者がみんなで集まってコメント合わせをする。

みんなで集めた材料で、原稿を作るんです。ある意味ムラ社会なんですよ。それを見た時に、「これ、何紙も存在する意味はある?」と思ったんですよね。

取りっぱぐれることはないけれど、独自の材料もない。それと同じことを最近のメディアの報道にも思います。一つの事象に対し同じ価値観、同じ切り口で報道するなら、「テレビ局ひとつで足りるよね」と。

どんな話題にせよ、各社横並びの報道ばかりで、ちっとも独自性が感じられない。「あの局は独自の視点でおもしろかった」というのが見えてくると面白いと思うんですけどね。

ミッツ みんな同じですよね。

乙武 ネットでの「炎上」に関しても同じことを思います。僕は何かの物事に対し批判するのは悪いことじゃないと思っているんですよ。自身の価値観に照らし合わせ、「これはおかしい」と思えば、遠慮なく言えばいい。

でも、炎上に加担している人の何割がそうしているのか。「みんなが叩いているから、こいつは叩いていいやつだ。じゃあ俺もうっぷん晴らしで叩いとけ」という人も多くいるんじゃないかと。

だとしたら思考停止でしかないし、ダサい奴だなと思いますけどね。まあ、こんなこと言ってると、また「おまえが言うな」の大合唱でしょうけど。

Photo by Rana Shimada

ミッツ たしかに最近の炎上は、そういう民意や世論みたいなものが煽られて、ばっと火がつく。それこそ、個人が何を思っているかよりも勢いですね。乙武さんのツイッターなどにも、本当にひどいこと書き込む人いますよね。

乙武 でもね、僕はまったく批判が気にならないんですよ。

というのもね、「BLOGOS」という、いわゆるオピニオンリーダーと呼ばれる人たちが社会的な事象について記事を投稿していくサイトがあるんですけど、そこに一般のネットユーザーがコメントをつけることができるんです。なのに、そこに書かれるコメントはほとんどが記事に批判的なもの。

たとえば、「トランプ政権の移民政策」というテーマに対して、賛成の論者が記事を書いたとする。すると、反対の人々が一斉に反論のコメントを書くんです。一方、反対の論者が記事を書けば、賛成の人々が一斉に反論を書き殴る。

たとえ賛否が5対5で分かれているようなテーマでもコメント欄が5対5になることってあまりなくて、基本的には記事に対する反論ばかりが並ぶんです。要は、みんな「自分の意見を書きたい」わけじゃなく、「誰かの意見を否定したい」だけなんです。

そこに気づいたら、なんかくだらないなと。もともと批判など気にしないタイプでしたけど、それに気づいて以来、批判なんてどうでもいいなと。

ミッツ そういうのって、ファミレスのアンケートとかもそうですよね。

乙武 そうそう。たとえば99%の人が「良かった」と感じていてもアンケートを書かず、たった1%の不快な思いをした人がクレームを書いたら、クレーム率100%になってしまう。そういう数のカラクリのようなものに気づいてからというもの、世の中に渦巻く批判の見え方が変わってきましたね。

SNSでこじらせてる人

ミッツ 私は物事の否定や反対、要はプロテストの精神こそが世の中が前に進む原動力だと思っています。みんなが平和的だと変化や進歩がないので、矛盾しているけれども、ネガティブな感情が世の中をポジティブに変えていくこともある、と。

ただネット社会になって特に思うのは、そこに依存してしまう人がいること。反対の声をあげたり、なにか敵に対して立ち向かったりすること自体を生きがいにしている人がいます。そうなると目的がおかしな方向に向かってしまって、新たな矛盾が生まれたりもするんですよね。

特にLGBTの人権活動なんかはそう。声を上げている、いわゆる人権派の運動家たちが、パレードをやるじゃないですか? それは素晴らしいことなんだけど、最後に「来年もいいパレードしましょう」って言って締めくくるんですよ。

それってあの人たちの目標の真逆だと思うんです。来年は、このパレードをやらなくてもいいようになっていればいいよね、が正しいはずなのに、もう来年のパレードのことを言ってしまっている。

ネット上の怒りや反対の声も、社会を変える原動力になればいいんだけど、そこがただの拠り所になってしまっているんですよね。

乙武 まさに在日外国人に対するヘイトスピーチもそうですね。ヘイトデモの参加者の中で、思想として、外国籍の人を排除しようと思っている人は、実はごく一部で、大方の人は承認欲求を得たいだけだと言われています。

つまり、韓国・朝鮮を罵倒すると、仲間たちが、「そうだそうだー」と言ってくれる、そのシュプレヒコールへのレスポンスがすごく心地よくて何度も参加するようになった、と証言している人々も少なくないみたいなんですよね。

それって、ネット上での批判も同じことなのかなと。その対象のことを自分の価値観に照らし合わせて、自分の判断で、「これはおかしい」と憤っているのか。それとも承認欲求を得たくて吠えているのか。そこには大きな違いがあると思います。

Photo by Rana Shimada

ミッツ とくにSNSで承認欲求をこじらせてる人多いですよね。それに最近よく、あの人はこっちに偏ってるとか、この番組はこう偏ってるとか、すぐ「偏る」っていう言葉を使うじゃないですか。あれって要は自分と少しでも意見が違うと偏ったとみなされちゃうんですよ。

例えば右と左でいえば、右にもいろんな右があって、左にもいろんな左があって、じゃあどこを境に「これは右だ、左だ」と言うのか。

男女でもそう。多様性とか言ってるけどさ、今は何もかも本当に二極化で、その間のいろいろなグラデーションや2つを分けるグレーゾーンみたいなものが、汲み取れないんですよね。そのセンスや感覚が麻痺しているのが、いわゆるデジタル化の本当に怖いところだと思います。

乙武 日本人は「正解はこれですよ、みんな覚えてください」という教育を受けてきて、「僕はこう思うよ。あなたはこう思うんだ。じゃあ落とし所どうしようか」という訓練をしてきてないんですよね。

だから、誰かから正解が与えられないと落ち着かないし、「あなたはどう考えてるの?」と振られても、戸惑うばかりで何も答えられなくなってしまう人が多い。

ミッツ ほんとそうですよね。自分をコントロールできない人が議論をしているから、誰かを打ち負かさないと物事が成立しなくなってる。だから白黒はっきりしていないグレーな存在のオネエやオカマがこれだけ重宝されてるんだと思います。

日本の美意識のひとつが「和」だとすると、誰かを論破するってなじまないし、美しくない……その美意識が、いまは少しずつ崩れてきているのかな、とは思いますね。

MITZ meets OTOTAKE: 後編・ミッツが乙武洋匡を「うらやましい」と思った理由


(*怒涛の後編はこちら gendai.ismedia.jp/articles/-/51034