金融・投資・マーケット 企業・経営 不正・事件・犯罪

バブル期の野村證券で「一番稼いだ男」の告白

苛酷なノルマ、損失補填...全てを明かした
横尾 宣政 プロフィール

異例の大抜擢

横尾氏が入社した当時の野村證券は、同業他社から「ノルマ証券」などと揶揄されるほど苛酷なノルマ至上主義を敷いていた。各地の支店に配属された新入社員は、軍隊さながらの厳しい日々を送った。

「ノルマが達成できなければ、上司に殴られるのは当然で、私も何度か殴られました。怒り狂った支店の課長が部下に電話機を投げつけて壊してしまったこともあります。その時は、たまたま初めて野村と取引する電話工事会社の社長が株券を持って来店していて、『電話を粗末に扱う奴らとは付き合えん!』とひどく怒られましたね(笑)。

成績の上がらない課長代理とその奥さんが応接室に呼び出され、上司から厳しく叱責されている姿を目撃したこともあります。その上司は『奥さん、こいつのためにみんなが迷惑しているんです。どうにかしてください!』と怒鳴っていた。本人だけならまだしも、奥さんまで怒られるなんて、本当に気の毒でした。

横尾宣政氏

新入社員は株価を示す電光掲示板の前に立たされ、特定の銘柄について、株価が動くたびに『○○円!』と叫ばされることもありました。べつに意味があるわけではないんです。『気合を入れるため』だったのでしょう。

当時の支店は接客カウンターと営業部の間に仕切りがありませんでしたから、お客さんもそうした光景を目撃するわけですが、日常茶飯事だったせいか『ああ、またやってる』と、誰も気にしていなかったですね」

ノルマを達成しなければ制裁されるとなれば、なりふり構わってはいられない。売買に伴うコミッションを稼ぐため、横尾氏ら営業マンは顧客が持っている銘柄が少しでも値上がりすると売却させ、別の銘柄に乗り換えさせた。顧客は儲けが出る前に次々と株を買い替えさせられるため、最終的には損をしてしまうこともあった。

「コミッションは株を売り買いしてもらわないと発生しませんから、長く同じ銘柄を持たれると困るんです。私の知る限り、わずか半年も経たないうちに信用取引(保証金を入れ、手持ち資金以上の投資を行うこと)で2~3億円なくなる、などというケースはざらにありました。

損をするとわかっていながら株を勧めるときは、申し訳ない気持ちでした。特に、私たちのようなノルマに苦しむ新米社員に資金を出してくれるのは、いい人が多かった。

そんな人たちが資産を失い、口座を引き揚げるときに、『お前は銀行マンみたいに信頼できると思っていたのに、やっぱりただの証券マンだったな』とすごく悲しそうな顔をするんです。20代前半の私にとっては辛い経験でした」

 

新人時代には多くの顧客に恨み言をぶつけられたという横尾氏。だが、時には思いがけず温かい言葉をかけられたこともあった。

「ある旅館の経営者のもとに3年間通いつめ、億単位の取引をしてもらえるようになったんですが、うまくいかずに数億円の損失を出してしまった。そのまま損を取り返せないうちに本社への異動が決まったので、ご挨拶に伺うと、その経営者は『俺がスった数億が、君の人生の肥やしになってくれるならそれでいい。立派になれよ』と快く送り出してくれました。あの言葉は終生、忘れられないですね。

横尾氏は、入社4年目に東京本社の第2事業法人部に異動となる。事業法人部は、大企業を相手にする証券会社の花形部門。異例の大抜擢だった――。