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フィギュア

フィギュアスケート歴代最強の「銀盤の女王」は誰か

勝手にランキング!

フィギュア解説者の佐野稔さんと30年以上もフィギュアを追いかけている作家の飯星景子さんが、史上最強の女子フィギュア選手を勝手にランキング!

ビジュアルで魅了したリンとハミル

佐野 日本人がフィギュアスケートという競技を認識したのは、'72年の札幌五輪でしょうね。僕は高校1年生で観戦に行きました。この大会では初めてコンパルソリー(規定演技)のチケットを販売したんです。みんな、ジャネット・リンを観たくて熱気がすごかった。

ジャネット・リン 1968年グルノーブル冬季五輪(Photo by gettyimages)

飯星 彼女はフィギュア史のなかでも一番可愛い。当時はあらゆるところに彼女がモデルになったポスターが貼ってありました。五輪後、テレビに何度も出演していたのを覚えています。

佐野 '76年のインスブルック大会には僕も出場。女子の金メダリストはドロシー・ハミルでした。

飯星 彼女のショートヘアは日本人の須賀勇介さんがカットしていました。ハミルカットとして大流行しましたね。

 

佐野 ハミルとは一緒に海外ツアーを回ったけど、「ハーイ、ミノル」って普通のアメリカの女の子って感じ。男子にゲイの選手がいて、そちらの印象のほうが強くて……。

ドロシー・ハミル 1976年インスブルック冬季五輪(Photo by gettyimages)

飯星 当時はまだ、フィギュアの試合をテレビで見ることができなかったので、佐野さんの銅メダル('77年世界選手権)も渡部絵美さんの銅メダル('79年世界選手権)も獲得の瞬間を見逃したのが残念です。日本人がフィギュアで初めてメダルを獲ったのに。

佐野 札幌五輪以降、スケート人気は出てきましたが、それでも生中継はなかったね。天才スケート少女と呼ばれた伊藤みどりが全日本で初優勝した品川スケートセンターは確か1000人しか観客が入りませんでした。

飯星 当時のみどりさんの演技は生命力に溢れていてすごかった。

ヴィットは肩が柔らかかった

佐野 みどりは他の選手と別物でしたね。男子並みにジャンプをする。あの時代にトリプルアクセルなんてとんでもない話なんです。よく男子選手が練習を見学に来て驚いて帰っていった。あれほどのジャンプをする選手は彼女以降いない。

伊藤みどり 1988年カルガリー冬季五輪(Photo by gettyimages)

飯星 ジャンプに高さも幅もあったんです。カメラ席まで勢い余って飛んでいってしまった話もありますね。スピンもスピードがあって好き。

佐野 スピンですか、僕はジャンプしか見ていなかったかな。

飯星 みどりさんのお陰で、私はコンパルソリーの内容や採点がわかりました。フリー前のコンパルソリーで出遅れるというのが枕詞のように付いてくるものだから(笑)。

佐野 みどりとコンパルソリーは水と油で相容れない。

飯星 みどりさんが現役のうちにコンパルソリーが廃止されてガッツポーズをしましたよね。

佐野 そのみどりの前に立ちはだかったのが、'84年サラエボ、'88年カルガリー五輪の金メダリスト、カタリナ・ヴィットですね。彼女もコンパルソリーは苦手でしたが、とにかく観客を惹きこむ演技が上手い。