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「『積ん読』も読書のうち」辰巳琢郎・読書の哲学
「わが人生最高の10冊」

日本を愛したモラエスという偉人

父も母も読書好きでしたから、狭い家には本が溢れていました。ですから物心ついた時から、本を読むのは日常だった気がします。

1位の『孤愁 サウダーデ』の著者、藤原正彦先生とは長いお付き合いがあり、先生の本はほとんど読ませていただいています。

元々は先生のお父様、新田次郎さんがこの小説を毎日新聞に連載されていました。しかし、連載中に新田さんが急逝し、未完に終わった作品を息子である先生が書き継いで完成させた世界でも例のない親子合作の長編です。父親が亡くなった67歳の時、満を持して書き始めたと伺いました。

藤原先生とは俳句仲間でもあります。ある日の句会で先生の俳句に「モラエス」という言葉を発見。それを先生に質問するまで、恥ずかしながらこの偉人のことを全く知りませんでした。

 

モラエスは日本の自然や文化、そして日本の女性を愛し、日本の美徳を世界に知らしめた人です。先生は彼の故郷ポルトガルを初め、父親の取材ルートを旅し、膨大な資料にも目を通してこの作品を書き継いだとのこと。

僕も徳島にあるモラエスのお墓にお参りしましたし、ポルトガルへも自分でツアーを組んで行くぐらいこの作品に傾倒しました。

2位の『森と生きる。』を書かれた稲本さんとは、この本の出版パーティで出会って以来のお付き合いです。彼は専門だった原子物理の世界を捨てて、飛騨の山奥で工芸村・オークヴィレッジを立ち上げました。

「木と共にある暮らしこそが人類と地球を救う」という信念で様々な活動をされています。彼の言う、「森が大事、木が大事だ」という考え方には僕も全く同感です。やはり人間も動物も植物がないと生きていけないのですから。

実際に大人一人の一日の呼吸分で15本の木が必要だと知るとその思いは強くなります。また、葉っぱは太陽光を多く吸収するには、吸収しやすい黒色のほうが効率が良いはずなのに、実際は緑色をしている。その理由の考察があまりにも説得力がありました。

サイン本は今も宝物

3位の『なぜ、日本はジャパンと呼ばれたか』の著者、中室さんも藤原先生や稲本さんと同じでお付き合いのある方です。やはり知る人が書かれた本は、印象がより強くなります。中室さんは輪島屋善仁という輪島塗の老舗の八代目当主。輪島塗など、漆器を再興しようと活動されている方です。

縄文時代から漆器は「魂の器」と呼ばれ、日本人の精神形成に深く関わってきました。中世以降に大衆化されて、それまであった土器食器を消滅させるほどに日本人に愛されてきたんですが、今は生活様式が変わり、漆文化は衰退してしまった。

そんな中、中室さんは漆の木の植林を行ったりして、漆文化の復活を目指しています。この本を読んで以来、漆だけではなく縄文の文化にものすごく惹かれるようになりました。

4位の『廓のおんな』も名作。7歳で金沢の置屋に身売りされた山口きぬさんの生涯を描いたノンフィクションです。

きぬさんはどんな運命も受け入れるという生き方をした人で、その人生は波瀾万丈で驚くことばかり。日露戦争中にロシア人捕虜がやって来て、廓の芸者が彼らの相手をさせられたとか、興味深いことも多く書かれています。もう叶いませんが、僕もきぬさんにお会いして、話を聞いてみたいと思わせられるような本でした。

5位の『熱海殺人事件』はつかこうへいさんがデビューして間もない頃の作品です。つかさんは、僕が初めて本にサインをしてもらった人。今も、宝物です。高校2年の時につかさんの芝居を見てショックを受け、劇団を立ち上げたことで、その後の人生が変わってしまいました。

 

つかさんのエッセイも大好きですが、やはり戯曲を。芝居は生き物という哲学の人があえて残した初期の作品は特別だと思います。

6位の『アマデウス』も戯曲です。大学の卒論のテーマに選ぶほどにのめりこみました。7位の『ツバメ号とアマゾン号』のシリーズは、小学生向けの冒険小説で非常に読み応えがあります。この作品に出会えたことで、読書力がついたと言ってもいいでしょう。これまた全12巻、大切に飾ってあります。

最近はなかなか本を読む時間がとれません。でも、僕は「積ん読」も読書だと思っていて、全部は読めなくても、折に触れてちょっとページをめくるだけでもいいと思っているんです。

活字に触れているだけで、落ち着くというのかな。そういう意味で、本は僕にとっての精神安定剤みたいなものですね。

(構成/大西展子)

▼最近読んだ一冊

「宗教と科学のガチンコ対談なのですが、宗教や動物行動学の面白さがよくわかりました。3人以上の子供のいる夫婦では、3人目以降は夫より免疫力の高い、別の男性との間にできた子がいる確率が高くなるという事実に驚愕」

辰巳琢郎さんのベスト10冊

第1位『孤愁 サウダーデ
新田次郎、藤原正彦著 文藝春秋 2100円
ポルトガルの外交官モラエスが発見した日本の美と誇り。妻・およねへの愛に彩られた生涯を親子が書き継いだ力作

第2位『森と生きる。

稲本正著 角川書店 入手は古書のみ
著者は飛騨の山奥に工芸村を築いて森と深くかかわってきた。独特の論を織り交ぜながら人類が進むべき正道を説く

第3位『なぜ、日本はジャパンと呼ばれたか
中室勝郎著 六耀社 2800円
縄文時代から「魂の器」とされてきた漆器と日本人の関係を紐とき、忘れられていた日本のかたちを明らかにする

第4位『廓のおんな
井上雪著 新潮文庫 550円
城下町の世相を背景に花街に生きる女の華やかさと、その裏の切ない心情を描き切った

第5位『熱海殺人事件
つかこうへい著 角川書店 入手は古書のみ
熱海で起きた“ブス殺し”事件を担当する名物刑事木村伝兵衛の型破りな捜査を描く

第6位『アマデウス
ピーター・シェファー著 江守徹訳 劇書房 入手は古書のみ
夭折したモーツァルトと宮廷音楽家サリエリの対決を通してモーツァルトの生涯を描く

第7位『ツバメ号とアマゾン号』シリーズ全12巻
アーサー・ランサム著、岩田欣三・神宮輝夫訳 岩波書店 入手は古書のみ
湖沼地帯に出掛けた兄弟姉妹は「ツバメ号」という小帆船に乗り、湖を探検するのだが……

第8位『ONE PIECE』既刊84巻
尾田栄一郎著 集英社 1~50巻390円 51~84巻400円
「主人公の海賊ルフィがひとつなぎの大秘宝〝ワンピース〟を目指す海洋冒険ロマン」

第9位『地と模様を超えるもの
趙治勲著 河出書房新社 入手は古書のみ
「棋風の形成、形勢判断をする材料、先人とライバル達が囲碁観を本音で明かします」

第10位『羊と鋼の森
宮下奈都著 文藝春秋 1500円
「ピアノの調律師の青年の成長過程を一つの物語として成立させる筆力に引き込まれた」

週刊現代』2017年3月4日号より