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エンタメ
芥川賞にもノミネート 小説『ビニール傘』はこうして生まれた
岸政彦インタビュー

ディテールに導かれる、という感覚

――『断片的なものの社会学』などの著作を通じ、社会学者として知られていた岸さんが初めて発表した小説『ビニール傘』は、芥川賞にもノミネートされ大きな注目を浴びました。そもそも文学への興味は以前からお持ちだったのでしょうか。

いや、それがまったく。というのも、僕が子供の頃から慣れ親しんできたのはハヤカワやサンリオのSF、スティーヴン・キングといった作品ばかりで、いわゆる「純文学」と呼ばれるものを一度も読んだことがなかったんですよ。だから文芸誌の編集さんに声をかけてもらった当時は、なかなか踏ん切りがつかなかった。

書こうと決心してからもしばらくは迷走していた気がします。当初は「超能力を持った少年がゾンビと戦う話」とか「架空のスラムで起きるボーイミーツガール」といったストーリーを真剣に考えてましたから(笑)。「岸さんにはそういうの向いていないです」って却下されましたけど。

――実際に発表された本作は、ガールズバーで働く若い女性やタクシードライバー、コンビニの店員、日雇い労働者などのリアルな生活のディテールが非常に濃やかに描き込まれています。

僕が書けるものって、結局それしかないなということに行きついて。自分が見てきたものしか書けないんです。記憶に残っていた光景を想像で少しだけ膨らませて、そこに生まれた余白をひとつひとつ埋める作業をしていった結果、あの小説が生まれたんですよ。意識して書き込むのではなく、ディテールに導かれる、という感覚がいちばん近いかもしれない。

書く前はフィクションというものに対して面映ゆい気持ちがものすごくあったけど、こういう書き方をすると、自分では嘘をついている気がまったくしなかった。このやり方ならいつかゾンビの小説だって書けるかもしれない(笑)。

 

――作中に登場する「俺」と「私」は、同一人物のように見えて、少しずつその主体がズレていく。「ありえたかもしれない自分」がどんどん分岐していく構造ともいえます。

あれは「いろんな俺/私にジャンプしていく小説」だって言われることが多いんですけど、書いた本人からすると、全部ひとりの人間の話なんです。世界のほうが予告なしに変わっていくだけ。

まあ、世界が固定されていて自分がたくさんいる状態と、自分が固定されていて世界がたくさんある状態というのは、実は論理的には同じことなんですが。ただ少なくとも、僕の目に映っている社会は、そういう不安定さを抱えた姿であるということなんです。

――確かに、そこにあったはずの状況がふっと変わるごとに、寄る辺のない、孤独な感覚が伝わってくる気がしました。それは舞台となっている大阪の街の、どこか退廃した寂しげなイメージにも重なります。

外から見た大阪って、吉本に代表されるようなコテコテのイメージが染みついてますよね。そういう類型化されたイメージを更新して、リアルな生活の空気を伝えたかった。だから作家の柴崎友香さんに、「自分が通った中学校の教室から見えていたかもしれない風景だ」っていうふうに評してもらった時はめちゃめちゃ嬉しかったです。

大阪は不況の影響なんかもあって、'90年代に一気に沈み込んで浮き上がれなかった都市です。でも、ちょうど大学院に落ちて行き場を失くしていた僕が自分自身をどうにか保っていられたのは、この街の情景から浮かび上がる猥雑さ、それに対する愛おしさのおかげなんですよ。僕にとっては言い尽くせないほどの思い入れのある土地です。

使い捨ての美に惹かれて

――単行本には、そうした情感を切り取った写真がいくつも収められています。とりわけ表紙の海の写真が90度傾いた状態であるのも印象的です。

この不安な感じ、すごくいいですよね。収められている写真はすべて、大好きな写真家の方に頼んで撮り下ろしてもらいました。

僕にとって最大の娯楽は連れあいと散歩することなんですけど、ときどき海に行く。そこで水面に浮かぶ小さな波が、光を反射させながら形を変えてつながっていくパターンを何時間でもずっと見ているんです。僕はそういうきらきらした瞬間のイメージが好きで、『ビニール傘』に出てくるそれぞれの場面にも、それが重ね合わされているような気がします。

同じような理由で、僕は透明のビニール傘そのものが大好きなんですよ。あれって、空から雨が落ちてくる様子を下から見上げることができるでしょう? 初めて見た時は「こんなに美しいものがこの世にあるんだ!」って感動しました。なにより胸をくすぐられるのが、それくらい美しいものが使い捨てであるという事実。そこに僕は強烈に惹かれるんです。

――現在、3作目を執筆中とのことですが、小説に対するスタンスは変わってきましたか。

「文学」って、他ジャンルよりも上位にあるものだって当然のように思われていますよね。例えば、社会学者がちょっと面白い文章を書くと「君、小説を書く気があるんだろう?」なんてしたり顔で言われる。それが腑に落ちなくて……。だって、小説家に「君の小説は社会的だから社会学の本書けよ」なんて言わないでしょ?(笑) でも実際に書いてみたら、たしかに楽しかったし泥沼にはまっていく感覚も味わった。

これで人生を棒に振る人たちがいっぱいいることもすごく理解できました。

(取材・文/倉本さおり)

週刊現代』2017年3月4日号より