北朝鮮

金正男殺害、北の「暗殺セオリー」にないズサンな手口が物語ること

追い詰められた金正恩体制!?
牧野 愛博 プロフィール

忠誠競争の行き過ぎが原因?

韓国政府によれば、金正恩氏は2011年末に政権を継承して以降、100人以上の党高級幹部を処刑してきた。最近では、処刑の実行役だった金元弘国家安全保衛相も粛清したとされる。

北朝鮮関係筋の1人は、最近の平壌の雰囲気について「高級幹部はみな、ピリピリしている。昔も余計なことは聞かない、話さないのが決まり事だったが、最近は特にそうだ」と語る。

国情院は2月15日の国会で、正恩氏が異母兄の正男氏を嫌い、「金正男は嫌いだ。やってしまえ」と語ったと説明した。

ただ、情報関係筋の1人は「たとえ、正男暗殺指令がスタンディング・オーダーだったとしても、北内部で、どこまで合理的で綿密な議論がされたのか怪しい話だ。みな正恩が恐ろしいから、ろくな検討もなしに、暗殺に走ったのかもしれない」と語る。先に述べた、「金正男氏をかついだ亡命政府樹立のうわさ」についても、北朝鮮が慎重に真偽を確かめなかった可能性が高い。

北朝鮮には主な暗殺機関だけで、偵察総局、統一戦線部、国家安全保衛省の3部署がある。このうち、統一戦線部は部長が金養建氏から金英哲氏に替わったし、国家安全保衛省は最近、国務委員会直属の「部」から、他の政府機関と同等の「省」に格下げになったうえ、組織トップの金元弘氏が粛清の憂き目にあっている。

韓国の元当局者は「それぞれが組織の生き残りをかけて金正恩への忠誠競争を繰り広げた可能性もある」と語る。

結局、恐怖支配のなかで、ろくな準備もなく、子供だましのような犯行に及んだのが今回の金正男氏殺害事件だったのかもしれない。

 

国情院によれば、正恩氏は自らの身の危険を案じ、夜もよく眠れず、酒におぼれて暴れることもたびたびだという。正男氏殺害事件から2日後、平壌で開かれた金総書記の生誕75周年を記念する報告大会に出席した正恩氏は終始、怒気を含んだ恐ろしい表情に終始していた。

追い詰められた金正恩氏と、それに従わざるを得ない北朝鮮が起こした悲劇が今回の事件とするならば、万全のようにも見える北朝鮮・金正恩体制がいつの日か、突然崩れることも十分ありうるだろう。

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