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「暴君」のような上司には、意外と『走れメロス』型の演出が効く

名作に学ぶ人間心理

後ろ向きの太宰が書いた「友情」

どの小説家も「小中学校の教科書に長い間載るような作品を残したい」という密かな欲望をもっていると思う。太宰治が現在もよく知られた作家であるのは、教科書で『走れメロス』に触れた人が多いからと思う。

筆者が『走れメロス』に関心をもっているのは、これが古代ギリシャ神話と19世紀ドイツの詩人シラーの詩を元にしているからだ。

翻案で評価される小説を書くことは、まったくの創作よりも難しい。もっとも人生に対して後ろ向きの作風を売りにする太宰としては、友情と人間の善意を表面から評価する小説は、翻案の形でしか書けなかったのかもしれない。

書き出しから、読者を作品の中に引き込んでいく技法は見事だ。

〈メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た〉

しかし、街の様子がひどく暗い。

〈路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。

「王様は、人を殺します。」

「なぜ殺すのだ。」

「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」

「たくさんの人を殺したのか。」

「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」

「おどろいた。国王は乱心か。」

「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」

聞いて、メロスは激怒した。

「呆れた王だ。生かして置けぬ。」〉

 
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