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「脳が壊れた」文筆家のその後の生活を追った、異色の闘病記
「キャラの濃い」天才作家たち

抑制のきかないドライブ感

年末、下の血圧が100を超えていた。こんなことは初めてだ。かかりつけの先生から、「血圧を計る習慣を」と言われ、起床時と就寝前に計るようになったが、どうも風邪をひくと血圧が上昇するようだ。

そんな時、地元のBOOKS隆文堂(西国分寺)で目に飛び込んできたのが『脳が壊れた』。著者はルポライター、41歳で脳梗塞を患った。身体への後遺症は軽かったものの、高次脳機能障害が残ってしまった。

略して「高次脳」と呼ばれるのだが、著者の場合、左側に注意が向けづらくなり(半側空間無視)、それに加えて感情の制御がきかなくなってしまう。

発症した時の様子や、左手の小指が動きにくくなったため、パソコンで必死に文章を打ち込むリハビリが書かれるが、単純な闘病記ではない。

 

なんというか―文章に異常なドライブ感がある。バイクの後ろに乗って、どこに連れていかれるのか分からない危なっかしい文章なのだ。

病に罹った原因の探求が始まり、仕事や家事をやたらと背負い込んでしまいイライラしていた過去を悔やむ(たとえば、著者は生活時間が合わない妻と自分の分と合わせ、わざわざ「一日六食」も食事を作っていた。電子レンジさえあれば、もっと楽なのに!)。

話が進むにつれ、複雑な家庭環境が明らかにされるなど、闘病記とは思えない意外な展開を見せる。妻も病気で苦しんだこと。そしてまた、10代からの父親との葛藤が赤裸々に綴られる。

また、この本は高次脳機能障害を持つ人の理解につながる。実は、私の友人も脳梗塞を発症し、今もリハビリに励んでいるが、会話をしていると、右目で私のことをずっと見つめている感じがして気になっていた。なぜ? と思っていたが、おそらく、視界の左側に注意を向けられないのではないか―とこの本を読んで気づいた。

危なっかしい部分もあるにはあるが、抑制のきかないパワーがあふれる一冊である。

天才同士の複雑な関係

野坂昭如が脳梗塞を発症したのは、2003年、72歳の時だった。リハビリの傍ら執筆活動を続けていたが、親交のあった人々との往復書簡をまとめたのが、野坂昭如『男の詫び状』である。

倒れた翌年の'04年から始まったこの連載だが、戦争体験者の証言は今や貴重だ。岸田今日子、岩城宏之、小沢昭一。彼らはみな、鬼籍に入ってしまった。

奥さまの暘子さんを含む37人が登場するが、最も印象的なのは永六輔さん(私はついこの間まで、毎週土曜日の朝、TBSラジオの9階ですれ違っていた)との書簡だ。

生まれは野坂氏が昭和5年で、永さんは3つ下。ふたりとも時代の寵児だったわけだが、必ずしも同朋意識でつながれていたわけではない。永さんはこんなことを書く。「野坂サンに天才と言われたら、天才の振りをしなければならない。この苦痛」。

それに対して、野坂氏はこう返信する。「永六輔はまぎれもない天才に違いなく、ぼくの行く先々に、永六輔という存在が立ちはだかっていた。ぼくの人生は、永六輔によってねじ曲げられた」。

これはどうにもややこしい関係だ。嫉妬? いや、そう単純な話では片づけられそうもない。ただし、このふたりは反戦という姿勢、そしてラジオを通してつながっていた。TBSラジオで放送されていた永さんの『土曜ワイド』で「野坂さんからの手紙」を毎週聴くことができた日々は、とても幸せだったのだな、と思う。