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ライフ
ハードボイルドが下火なことは分かっていても、あえて書きたかった
バブル80年代を生きる規格外の男女の物語

逸脱した人間に抱く愛

―藤田宜永さんの新刊『罠に落ちろ』、舞台は1987年の東京。渋谷のバーを事務所代わりにしている探偵の影乃が、マスターの雪永と一緒に惨殺死体を発見する場面から始まり、いくつかの殺人事件と経済事件が複雑に入り組んだハードボイルド・ミステリーとなっています。

これは1988年に発表した『影の探偵』の続編に当たる小説です。僕は'86年にデビューしたから、まだデビュー間もない頃の作品。初めて徳間書店でやった仕事でした。

「その続編を書きませんか」と言われて気軽に引き受けたんだけど、なにしろ38歳のとき書いた小説でしょう。今の自分とは齟齬があるわけ。読み返してみると、荒っぽいけどスピーディなんです。この30年で書き方はうまくなったけど、その分、勢いはなくなっている。そんな中で、同じ匂いがするものを書かなければいけない。そこがいちばん苦労したところかな。

 

―藤田さんは「的矢健太郎」や「竹花」など、私立探偵を主人公にしたシリーズをいくつか書いていますが、中でも影乃は異彩を放っています。

アウトローですよね。的矢や竹花は普通の探偵だから、例えば拳銃を撃ったりしない。ところが影乃は、人を殺したこともあるし、拳銃も撃つ。

影乃は非常に馬鹿げたかたちで殺人者になってしまい、アフリカで独立運動に加わったりもしてきた。人の死もたくさん見たし、もう失うものも持っていない。基本的に諦念がある人なんですよ。将来のビジョンもなく、その日暮らしの男と言っていい。でも、それがかえって強みになっている。

もう一つ、彼は“逸脱”した人間と関わるのが好きなんです。例えば刑事の針岡に対する影乃の気持ちには、逸脱した人間への愛情がある。そういう愛情を持てるのは、彼自身が諦めている人だからでもあるわけです。

―本書で影乃とコンビを組む探偵・美知子は、そんな影乃に魅力を感じているようです。

そうですね。美知子と影乃の関係は表と裏。「美知子は表に出て、コンプライアンスを守ってやってくれ。裏稼業は俺が担当するから」と影乃は思っているわけですよ。影乃に限らず、脇に回って参謀をやるのが好きなヤツっているでしょう。特に男の世界って、わりとそういう組み合わせで成り立っているから。

例えば作家と編集者もそう。編集者は自分でものを書きたいとは思っていない。「作家を立てて一緒に仕事をする」のが好きなわけ。能力に差はなくて役割分担。影乃も美知子の裏で助ける参謀役です。

87年という「時代の緩さ」

―影乃以外にも、悪徳刑事の針岡やブラックジャーナリストの田熊など、怪しい魅力を持った人物が何人も登場します。

フィクサー、インテリヤクザ、総会屋、乗っ取り屋など、怪しげな人物がたくさん裏で糸を引いていた'80年代の雰囲気を入れたかったんです。それに男って「暗躍する人間」が好きじゃないですか。僕が中学生のときに映画化された『黒の試走車』も、経済もの兼ハードボイルド。そういうものを見て育ったことが、下地になっている。

―改めて'87年と現代を比べると、変わった部分もたくさんあることに気付かされます。

当時はバブルの時代だけど、いちばん違うのはデジタル機器が普及していないことでしょう。インターネットも未発達だったし、普通の人はパソコンも携帯電話も持っていなかった。こういう冒険小説を書くときに大きいのは、防犯カメラや監視カメラがほとんどなかったこと。