行政・自治体

「被差別」と「暴力」で大阪を背負った男の「波乱万丈の生涯」

二足のわらじで莫大な富と権力を握った

暴力団の構成員という過去を持ちながら部落解放運動の闘士として活動し、莫大な富と権力を握った男、小西邦彦をご存じだろうか。

2006年に「飛鳥会事件」で逮捕され、失意のなかこの世を去った人物だ。

バブル時代には1ヵ月に呑み代1000万円、愛人に8000万円の家をプレゼントするなど豪快な逸話を数多く持つ一方で、晩年は特別養護老人ホームや保育園の経営に邁進した。

人生の「貧富と清濁」両極を生きた小西邦彦の評伝『ピストルと荊冠 <被差別>と<暴力>で大阪を背負った男・小西邦彦』から、小西の素顔と飛鳥会事件に迫るプロローグを特別公開!(敬称略)

 

水道もなかった町

ヘリコプターからの映像が、大阪市北部を流れる淀川の川面を、河口付近から上流へと映し出している。鉄道や国道の鉄橋を次々と越えると、ヘリが左へ旋回し始めた。淀川を横切ると、浄水場や学校、その先には住宅地が見える。

「僕の生まれたところ、こんなとこやったんかー。学校、見えるかなー」
「洋一、ほら、遠くを見てみ。崇禅(そうぜん)寺の駅が見えるわ」

大阪市の北端に位置する東淀川区に入った映像に、母子の会話がかぶさる。画面は阪急電鉄崇禅寺駅の一帯をクローズアップしている。

「あ、新幹線走ってる!」
「この工事のために、ポンプの水に下水が混じってしもたんや。お茶わかす水に、ミミズが入ってきたこともあったんや」
「なんで水道なかったん?」

子供のセリフに、急にエコーがかかった。母親は、唐突にナレーター口調になって語り始めた。

「なんで私たちの部落には、長いこと水道さえなかったのか。終戦二十年も経って、おかしいやないかと、やっと立ち上がった私たち。勉強し、行動し、闘い抜いてきたあれからの日々。ほんまに長かった。つらかった。そしてこれが今の飛鳥の町です」

画面は、三角・四角形の立方体を組み合わせた奇抜なデザインの建物に近づいていった。

「あ、解放会館や!」

子供がはずんだ声を上げた。

約三十分の記録映画『わが町 飛鳥』は、導入のヘリによる上空撮影のあと、斬新な建物の中でおこなわれている、ある式典のシーンから始まった。

頰に傷をもつ男 

深紅の緞帳(どんちょう)がゆっくりと上がる。舞台正面上には「祝 大阪市立飛鳥解放会館落成」の横書きの看板。その下に二つの旗が並んでいる。

澪標(みおつくし)をあらわした大阪市の市旗。そして荊冠のデザインと「部落解放同盟大阪府連合会飛鳥支部」の文字が入った旗である。荊冠とは、イエス・キリストがゴルゴタの丘で磔(はりつけ)にされた際、頭部に巻きつけられていた荊(いばら)をかたどったものである。

部落解放運動の象徴である荊冠

式典風景に合わせ、ナレーターの俳優、緒形拳が語り始めた。

「昭和50年5月8日、飛鳥解放会館落成。わが町、飛鳥の新しいシンボルが、ここに誕生したのです。飛鳥に生きる私たち一人ひとりが、みんなが、この解放の砦を作り上げたのです。この顔の一つひとつが、きょうの主役です」

一張羅を着込んだ会場の住民たちが映し出される。和服姿の年老いた男女もいる。

大島靖大阪市長(当時)の挨拶に続き、部落解放同盟飛鳥支部の小西邦彦支部長が登場した。このとき、小西は働き盛りの41歳。角刈り頭に上半分が黒ぶちの眼鏡をかけている。紺色のスーツに身を固めた痩身の小西支部長は、一見、インテリ風である。カメラが寄る。射抜くような鋭い目。右頰に数センチの傷がある……。

「この会館は、五十有余年の血と汗でつづられた部落解放運動の成果であり、広く市民と連帯し、交流する場として大きな意義を持つのであります」

小西支部長の声が、450席あるホールに響く。

この人物こそ、40年近くにわたって部落解放同盟飛鳥支部の支部長を務めた大阪の実力者であった。小西支部長は、奇しくも飛鳥解放会館オープンの日からちょうど31年後の2006年(平成18)5月8日、自ら理事長を務める財団法人飛鳥会の収益金を横領したなどとして逮捕された。飛鳥会事件である。

若いころに組員となったことからヤクザ社会に通じ、また市行政、警察、税務署、財界に絶大な影響力を持っていた運動団体幹部の逮捕は、連日マスコミで大きく報じられた。逮捕によって小西は長年務めた部落解放同盟支部長の役職を解かれ、その権勢を失う。