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政治政策 防衛・安全保障

「自衛隊員死傷なら辞任」安倍首相の覚悟に、疑いを持ってしまう理由

海外派遣と「政治の責任」の歴史を辿る

その決意表明は本当か

安倍晋三首相は2月1日の衆院予算委員会で、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している自衛隊に死傷者が出た場合、「首相を辞任する覚悟はあるか」と問われ、「もとより(自衛隊の)最高指揮官の立場でそういう覚悟を持たなければいけない」と述べ、首相を辞任する覚悟を示した。

死傷者など出ないことが一番だが、言葉通りなら、過去の海外派遣で自衛隊に対してみせてきた「政治の無責任ぶり」を吹き飛ばす決意表明となる。与野党で激しい論戦が交わされるのは派遣が決まるまで。決定後は忘れ去られ、棄民のように扱われてきたからだ。

これまでの「政治の無責任ぶり」は目も当てられないほどひどいものだった。当の自衛隊はほとんどの場合、沈黙してきたが、政治に対し「異議申し立て」した例がある。戦火くすぶるイラクへの派遣がその典型である。

2003年3月、米国のブッシュ政権は「フセイン政権が大量破壊兵器を隠し持っている」との根拠のない情報をもとにイラク戦争に踏み切った。小泉純一郎首相が世界に先駆けてこの戦争を支持したところ、米国から「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上自衛隊を派遣せよ)」と求められ、同年7月、自衛隊派遣を可能にするイラク特別措置法を成立させた。

ところが、11月に予定された衆院選挙でイラク特措法を争点にしたくない小泉政権はすぐに沈黙した。何の指示も出さず、「防衛庁(現防衛省)でやれることをやればいい」(福田康夫官房長官)と突き放した。その一方で、来日したブッシュ大統領には年内派遣を約束する始末。

首相官邸の指示がない防衛庁提出の補正予算は財務省が編成を認めず、イラクへ調査団さえ送り込めない。自衛隊は進退極まった。

「小泉首相は『殺されるかもしれないし、殺すかもしれない』と答弁したのに、万一の場合に起こり得る戦闘死に向き合おうとはしない」との疑念が陸上自衛隊内部に広がり、ひそかに葬儀のあり方が検討された。結論は以下の通りである。

イラクで死者が出た場合、政府を代表して、首相か、最低でも官房長官に隣国のクウェートまで遺体を迎えに行ってもらい、政府専用機で帰国する。葬儀は防衛庁を開放し、一般国民が弔意を表せるよう記帳所をつくり、国葬もしくは国葬に準じる葬儀とする――。

政治の命令を受けるはずの自衛隊が逆に命じる「逆シビリアン・コントロール」である。その後、防衛庁人事教育局長が首相官邸に出向き、「『万一の場合、国葬をお願いしたい』と自衛隊が言っていますが…」と伝えた。

 

内閣官房副長官補だった柳沢協二氏はこのときの様子を覚えている。「死者が出れば内閣が吹っ飛ぶ。なぜ自衛隊は葬儀のことを最初に考えるのか奇妙に思った」。隊員の死を心配するより、そうならないよう考えるべきだ、という筋論の前に棄てられた自衛隊の苦悩は官邸に伝わることはなかった。

当時、陸上幕僚長だった先崎一氏はイラク派遣が無事に終わった後、私の取材に国葬を検討した事実を認め、「死者が出たら組織が動揺して収拾がつかなくなる。万一に備えて(国葬の)検討を始めたら覚悟ができた。国が決めたイラク派遣です。隊員の死には当然、国が責任を持つべきだと考えた」と心情を明かした。

先崎氏の言葉から「政治家は自らの立場を優先させて自衛隊のことは考えない」という不信感がうかがえる。シビリアン・コントロールは「あてにならない」という恐るべき教訓が確認されたのである。