「挑戦」をやさしく包む社会へ〜何者でもなかった私が始めたこと

HARUKA MERA

米良 はるか

2017.02.22 Wed

既存の金融システムが寡占化・硬直化していく時代に、一般の人々が自由に資金を流通させることができるサービスがある。いわば金融システムの民主化――それがクラウドファンディングだ。

クラウドファンディングは群衆(Crowd)と資金調達(Funding)を組み合わせた造語で、インターネットを介して不特定多数の人からお金を集めるシステム。一人ひとりの支援金は少なくても、支援者が増えれば、巨額の資金を集めることができる。

このシステムにより、有史以来「挑戦」の壁であり続けてきた「資金」という問題には新しい解決策がもたらされた。

日本初の、そして現在日本で最大のクラウドファンディングサービスはREADYFOR株式会社が運営する「Readyfor」。代表の米良はるか氏は同サービス立ち上げ後、日本人最年少でダボス会議に参加するなど、世界が注目する挑戦者だ。

そんな彼女はなぜ、クラウドファンディングを日本に持ち込むという「挑戦」に取り組むことになったのか。前半は「挑戦」を許容できる社会になるためのヒントと、かつては「何者でもなかった」彼女の原点に迫る。

(取材&構成・朽木誠一郎/ノオト、写真・林直幸)

クラウドファンディングで「挑戦」のハードルを下げる

――現在、Readyforの事業規模はどれくらいなのでしょうか?

2011年3月のサービス開始から、累計の支援額は、2016年12月現在で約35億円。毎月1.5億〜2億円ほどの支援額が集まっています。案件数でいうと、新しいプロジェクトが毎月200件くらい立ち上がるので、常に350件くらいのプロジェクトが走っている状況です。規模としては今、日本で一番大きなクラウドファンディングのプラットフォームになっています。

――READYFOR株式会社として“誰もがやりたいことをできる世の中に”というミッションを掲げています。逆にいえば、今はやりたいことに挑戦するハードルが高い世の中、ということですか?

例えば、「ピアノを始めてみたい」という人はたくさんいますよね。でも、「ピアノに人生を賭ける」という人はそう多くないでしょう。今は挑戦するのに、それくらいの覚悟を問われてしまう傾向がある。「ちょっとやってみたい」くらいのことを、気軽に発信するのが怖い世の中というか……。

でも、そこまでではなくても、「こんなことができたら、こんなものがあったら、もっとよくなる」と思っている人はたくさんいるはずです。そのちょっとしたことを、ちょっとでいいからやってみる、という社会になったら、みんなが自分の好きなことをどんどん見つけられますよね。社会にもっと多くのアクションが起きるようにしたいんです。

――やはり、挑戦には環境が必要ですか?

実際に「地方だから情報がない、コネクションがない」といった阻害要因は、残念ながらまだまだあります。クラウドファンディングにおいても、もともと影響力のある有名人はお金を集めやすい。でも、世の中のほとんどの人たちは最初から影響力があるわけでも、有名人でもありません。

「今は何者でもない自分」を「挑戦してみる」というマインドに変えるのが、私はテクノロジーの力だと思っています。クラウドファンディングという、世界中の人からお金を集められる仕組みが実現したのは、インターネットがあったから。ただし、そのテクノロジーを誰もが活用できるかといえば、それは別問題です。

だからこそ、私たちはその環境の整備に取り組んでいます。「ネットがわからないけど手を挙げたい」と思っている人は、きっと、たくさんいますよね。その人たちのアイディアが少しでも形になるように、Readyforでは「キュレーター」という担当者を置いて、プロジェクト毎にサポートしています。それこそ、ネットに接続するところから、という場合もあります。

強い味方がいれば、挑戦し続けることができる

――挑戦することに対して、足を引っ張る雰囲気がまだ日本にはあると感じます。どうすればそれを変えられますか?

強い味方を作るのが一手でしょう。私自身、Readyforの運営を始めたときに、誰からも応援されていたわけではないので。心が折れそうになることを言われた経験も、もちろんあります。それでも挑戦し続けることができたのは、一番身近な人たちが強く応援してくれたからです。

そんな強い味方が数人でもいると「その人たちが応援してくれる気持ちを裏切りたくない」という想いが生まれます。わかってくれる人がちゃんとわかってくれたら、人は次の一歩を踏み出せるんです。クラウドファンディングにも同じ機能があって、お金を集めるだけでなく、その行為を通して応援してくれる人を見つけているともいえます。

支援者はお金という貴重なものを、わざわざ提供してくれる。「応援してるよ」と言ってくれる人はいますが、口だけでなく身銭を切ってくれる人はそうはいません。これって、本当に強い味方ですよね。お金をもらうことにより、覚悟も決まり、次の挑戦につながる。だから、クラウドファンディングが浸透すれば、世の中の雰囲気も変わるかもしれない。

最初から批判ばかりされたら、苦しいじゃないですか。今、そんな状況に陥っている人も多いと思うんです。Readyforは社会性の高いプロジェクトが多く、今、それをポジティブに受け入れてくれるコミュニティが続々と生まれている。私たちが目指すのは、「挑戦するならReadyfor」というような、ある種のユートピア的なものなのかなと思っています。

――批判は挑戦の邪魔をする?

もちろん、改善のためには批判も必要です。大企業のように社会的責任が重くなれば、批判されるのも当然ですよね。しかし、一方で「批判されないこと」が大事なフェーズというもあります。アクションの発端になるようなアイディアや情熱というのは、人に怒られると簡単にしぼんでしまう。だから、私たちはそれを守りたいんです。

初めての「挑戦」はパラリンピック支援

――では、米良さんご自身の挑戦についてお聞きします。運営を開始した2011年は、国内には先行事例となるサービスもありませんでした。どうしてクラウドファンディング事業に挑戦することに?

きっかけは大学時代、パラリンピックのスキーチームの監督をしている荒井秀樹さんにお会いしたことです。パラリンピックの競技には、オリンピックと比較してあまり光が当たりません。荒井さんが率いていたのは、その頃から世界大会で優勝するような、とても強いチーム。しかし、金銭的な問題で競技をしていくことが難しいという事情がありました。

それでも選手のみなさんは日の丸を背負い、戦っていたんですね。厳しい環境の中でも挑戦を止めない、そんな彼らの話に私は心を揺さぶられて、何かできることはないかな、と。そこで、大学時代の友だちと一緒に、いわゆる“投げ銭”のような仕組みをインターネット上に作ったんです。

ネットがあれば、「パラリンピック日本代表のスキーチーム」に今まで縁がなかった人にも、私が心を揺さぶられたときのような感動を伝えられるんじゃないか。日本に限らず、世界中の人たちが「この人は頑張っているな、応援したいな」と思った人のために少しずつお金を出し合えば、金銭的な問題は解決できるんじゃないか。

そんな想いから、そのチームがバンクーバーパラリンピックに出場するときのスキー板に塗るワックス代として、100万円を目標に資金提供を呼びかけました。その仕組みで無事に目標金額を達成。チームも金メダル2個と銀メダル1個という快挙を成し遂げた。そのときに、あらためて挑戦することの大切さを知りました。

一方で、“投げ銭”のような見返りのない寄付システムによる資金調達の限界、そして今の日本の社会はまだまだ挑戦することのハードルがとても高いことも実感しました。そこで、リターン(見返り)のあるクラウドファンディングという、海外で普及の進んでいた資金調達システムを日本に持ち込むことを決めました。

「挑戦」のためのPDCAと「失敗」について

――昔から挑戦をいとわないタイプでしたか?

私は実は、小さい頃からあまり趣味という趣味がなくて。「夢中になる」という経験がずっとなかったんです。クリエーターの両親を筆頭に、自分の興味を掘り下げて語ることのできる人が周りにとても多いのに、一方の私は、いろいろなものに浅く広く興味は持つものの、何かに深く没頭することがなく、それがコンプレックスになっていました。

「何かを生み出している人は、才能がある人なんだろうな」と勝手に決めつけて、自分にはそのような才能がないと諦めていたんです。ある分野のスペシャリストや、寝ても覚めても夢中になれるものがある人だけが、挑戦をする権利を持っている。そんな思い込みを壊してくれたのが、前述のパラリンピックの支援でした。

私も多くの人と同じように、ずっと何がやりたいかわからなかった。でも、一歩踏み出してみたら、賛同してくれる人が現れて、上手くいった。自分の思いつきが形になって、一緒に行動を起こしてくれた人がいるということに、勇気をもらったんです。だから、私は決して特別じゃなくて、挑戦というのは本当は、誰にでもできることなんですよ。

――しかし、挑戦する人すべてが上手くいくとは限りません。事業を成長させる上で、心がけたことは?

これは合う・合わないがあると思いますが、私は仕事をゲーム化するのが好きなんですね。例えば定期テストのように、出題範囲や試験日程があらかじめ決まっているものをどう攻略するかを考えたときに、もっとも実力を発揮できる。そういう性格なんです(笑)。だから逆に、あまり未来のことを考えるのは好きじゃない。

そういう自分のキャラクターを踏まえて、短期スパンで仮説を立てて、それが正しいかを検証して……というPDCAサイクルを回してきました。あとはやっぱり、やってみないとわからない。Readyforも「パラリンピックのスキーチームのときにやってみて上手くいったから、今でも同じようなことを続けている」ともいえるので。

――挑戦のPDCAサイクルを回す中で、失敗についてはどのように受け止めていましたか?

ゲーム化をする上でも、失敗というのはとても大事です。結果がはっきりしないと、ゲームになりませんから。自分が期間を設定して取り組んだことが、自分が想定した結果にならなかったとしたら、それはもう失敗として、おそろしく反省します。ゲーム上、それは敗北なので、敗北者のレッテルを自分に貼って(笑)。

そうやって反省するんですけど、戦いはそこで終わりじゃない。続いていくものなので、じゃあ、次はどうやったら勝利できるのか、と考え始めます。これは短期スパンでPDCAを回すメリットでもあって、あんまり長期で見ちゃうと、負けたときに苦しすぎるんですよね。「10年もかけたのに失敗した」とか、やっぱりしんどい。

だから、変動のあるスケジュール感で勝ち負けを決めておくんです。とはいえ、半年でも十分苦しくて、「この半年をムダにしてしまった」と落ち込むんですけど、「とはいえ半年だしな」「方向修正はどうしよう」と立ち直ることができる。目標にするビジョンがけっこう抽象的で大きいので、細かく切らないと進めないという事情もあります。

<つづく>
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米良 はるか(めら はるか)

READYFOR 代表取締役。2010年慶応大学経済学部卒業。12年同大学院メディアデザイン研究科修了。大学院時代にスタンフォード大学に短期留学し、帰国後に「READYFOR(レディーフォー)」を立ち上げた。2014年7月に株式会社化し、NPOやクリエイターに対してネット上での資金調達を可能にする仕組みを提供している。2012年には世界経済フォーラムグローバルシェイパーズ2011に選出され、日本人として最年少でダボス会議に出席。St.Gallen Symposium Leaders of Tomorrow、内閣府国・行政のあり方懇談会委員など国内外の数多くの会議に参加。