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地震・原発・災害 週刊現代

【糸魚川大火災】火災保険を「もらえた人」「もらえなかった人」

明暗を分けたのは何なのか?

未曾有の大火の爪痕は、いまも生々しく残っている。だが時が経てば否応なく、家を失った人々も前を向かなければならない。しかるべき額を受け取った人とそうでない人、何が明暗を分けたのか。

建て直しには全然足りない

火元のすぐ近くで小さな飲食店を経営していた40代の女性が話す。この女性は高校生の子供と二人暮らしだった。

「うちの場合、土地は借り物で建物は親族の所有でした。火災保険をかけていたのは、お店の設備だけ。全焼してしまった建物は、住まい兼お店だったんですが、いただけた保険金は200万円くらいですね。

あの日は子供は学校に行っていて、火事に気が付いたのは、出火直後の朝10時半すぎでした。部屋の中に煙が入ってきたんです。窓から様子をうかがうと、もう大きな炎が見えたので、とりあえず財布と上着だけを持って家を出ました。

しばらく近くで様子を見ていたのですが、警察に『危険なので離れてください』と言われ、車も取りに行けず燃えてしまった。今は日用品の買い物も大変です。『せめてペットの犬だけでも』と消防の人に頭を下げて、助け出しましたが、写真や思い出の品は全部焼けてしまいました」

街がまるごと焼き尽くされる――昨年12月22日に発生した「糸魚川大火災」から1ヵ月余りが過ぎた。まるで空襲にでも遭ったような焼け野原となってしまった、現場のJR糸魚川駅北側一帯では、なお瓦礫の撤去作業が進む。

折しも1月末の糸魚川は大雪の時期。記者が訪れた日、焼け跡には雪が分厚く降り積もり、その中で作業をする人の姿も見られた。

気にかかるのは、焼け出された多数の住民たちが、生活を再建するために十分な保険金を受け取れたのかどうか、ということだ。現在、前出の女性をはじめ被災者の多くは、市が斡旋した市内のアパートなどの仮住まいに入居している。

「犬がいるので住まい探しにも時間がかかりましたが、ようやくこの古いアパートに入ることができました。でも、子供は学校がだいぶ遠くなってしまった。

仕事を再開したいのはやまやまだけど、子供の今後の進学のことを考えると、場所を借りるお金を捻出するのも難しい。いただいた保険金に手をつけるのが怖いです」(前出の40代女性)

 

火災による被害総額は、およそ30億円。現場一帯はかつて市の中心部だった商店街で、古い木造の家屋や店舗が密集して建っていた。築40年は下らない古い物件が多く、当然ながら住民のほとんどが高齢者である。

その中には、火災保険に入っていたのに、いざ家が焼けると思ったほど保険金が下りず、苦労している人も多い。一軒家が全焼した80代の男性が言う。

「火元の中華料理店からは100mも離れていたから、まさかうちが全焼するなんて思いませんでした。あの日は風の強い日で、まさに妻と『こんな日に火事でもあったら大変だね』と話していたところだったんです。

わが家は古くて、築70年は経っていた。火災保険はかけていましたが、なにぶん昔に契約したもので、同じ大きさの家が建つほどは出なかった。額にして1000万円足らずですから、新築一軒家というわけにはいきません。見直しをしておけば、と後悔しています。

痛かったのは、タンス預金が燃えてしまったこと。家内が今までの年金を『すぐに使えるように』と箱に入れて貯めていたのですが、それもパーになってしまった」

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