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歴史の中の男色文化

江戸春画に見る3P

つい先日、掛け替えたばかりのカレンダーだが、早くも1枚めくる時期になった。

江戸時代には、現代のような月めくりの暦はなかったが、それでも1年が12ヵ月であること(閏年は13ヵ月だが)には変わりはなく、組み物(セット)の浮世絵には12枚組のものがあった。

江戸時代中期に活躍した浮世絵師奥村政信(おくむらまさのぶ 1686-1764)の作品「閨の雛形」(1738年刊行)も12枚組で、1枚が12ヵ月に配されている。

1枚目、正月の図はこんな感じ。

『(定本・浮世絵春画名品集成)奥村政信「閨の雛形」』(河出書房新社、1996年)

座敷で3人の人物が仲良くくつろいでいる。若旦那と娘2人だろうか。手前の娘の着物は大きな雪輪に梅の柄、奥の髪に櫛笄をさした娘は松の柄、どちらも新春にふさわしい。おしゃれな若旦那の着物は、伊豆八丈島特産の黄八丈だろうか。

次の2枚目、2月の図。

同じ座敷、同じ人物の交合図になる。若旦那は着物を脱いでいるが、娘2人は着衣のまま局部を出している。

『(定本・浮世絵春画名品集成)奥村政信「閨の雛形」』(河出書房新社、1996年)

でも、なにかおかしい。若旦那のペニスはうつ伏せになった櫛笄を差した娘の体内に入っている。では、若旦那が左手に握っているペニスは誰の物?

もうお分かりだと思うが、雪輪に梅の着物を着ている人物は娘ではなく若衆(少年)なのだ。そう気づくと、松の柄の娘とは髪形が違う。

現代の私たちには、江戸時代の中期の浮世絵に描かれた娘と若衆を見分けることはなかなか難しい。大学のジェンダー論の講義で、奥村正信とほぼ同時代の絵師鈴木春信(すずきはるのぶ 1725?-1770)が描いた6人の人物の性別を見分けるクイズをしているが、どの大学でやっても完全正答率は3~6%、つまりほとんど当たらない。

でも、江戸時代の人なら娘と若衆は見分けられたはずで、こうした絵を買い求めるような趣味人なら、正月の絵を見たところで、「ほう、最初は若旦那と娘と若衆ですな。ということは、2枚目は3人絡みの趣向ですかな」と気づくかもしれない。

 

こうした、男性と娘と若衆という「3人絡み」の春画は、数こそ多くはないが、他にもいくつか残されている。

たとえば、2015年「永青文庫」(東京都文京区)の「春画展」に出品されていた西川佑信(にしかわすけのぶ 1671-1764)の肉筆春画「春宵秘戯図巻」の内の1枚。構図というか三人の体位がよく似ているが、享保年間(1716~36)の作品なので、こちらの方が少し早い。

「春宵秘戯図巻」『春画展・図録』(永青文庫、2015年)

こちらでは、若旦那の左手は自分のペニスを握っていて、その分、若衆のペニスがはっきりしない。若衆のペニスを若旦那に握らせて存在をはっきりさせたのは奥村正信の工夫だろうか。

さて、江戸時代では、大人の男性と娘との関係は女色(にょしょく)と呼ばれ、大人の男性と若衆(少年)との関係は男色(なんしょく)と呼ばれた。3人絡みの絵は、女色と男色とが同時並存し、両者の距離はかなり近いことを示している。

娘と若衆はどちらも大人の男が仕掛ける色の対象であり、互換可能のなのだ。早い話、この絵で若旦那のペニスの鉾先が少し変われば、女色はたちまち男色に変わる。

この点で、江戸時代の女色と男色は、現代の異性愛(ヘテロセクシュアル)と同性愛(ホモセクシュアル)とはかなり異なる。現代の異性愛と同性愛は(両性愛=バイセクシュアルがあるにしても)一般的には、けっこうきっぱり分かれていて、世界が違うと考えられている。

ところが……。