『沈黙』のキリシタンは、結局なにを拝んでいたのか?

彼らが隠れて信仰を続けたワケ
畑中 章宏 プロフィール
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カトリックとは相いれない信仰

御前様はおもに、マリアや聖人を描いた掛け絵で、「オラショ」(祈り)を唱え、御神酒や魚などを供える対象である。映画でも、トモギ村の「イチゾウ」(笈田ヨシ)がロドリゴに大切に隠しているようすを見せるのは御前様だろう。

こうした聖画に描かれている人物には、「受胎告知」や「聖母子と二聖人」など、キリスト教の聖画の基本構成は踏まえたものである。しかし、髷を結い和服を着たものや、仏教的色彩を帯びたものもあり、古びた絵を描き直す「お洗濯」によってさらに日本人化していった。

紙で作った十字架を「おまぶり」と呼び、「サン・ジュワン」の聖水をかけることで、穢れや邪悪を払う力を持つようになると信じられた。

おまぶりは、社寺が授ける「お守り」に近いもので、村の中の危険な場所に置いて悪霊が近づかないようにしたり、死者に持たせたりしたという。

サン・ジュワンはイエスに洗礼を施した「聖ヨハネ」のことであり、また伝説上の日本人伝道者バスチャンに教会暦を教え、禁教後も長崎各地を布教した人物も「サン・ジュワン」と呼ばれている。各地に「サン・ジュワンの奇蹟」と関連づけられた聖なる水の湧く場所が伝承されている。

「御札様」は、マリアとキリストの生涯を描いた「ロザリオの十五玄義」図が伝承されるうちに、木の札に簡略化された記号が記された「おみくじ」のようなものに転用されていった。

おまぶりや御札様は「呪物崇拝(フェティシズム)」であり、サン・ジュワンは「個人崇拝」であり、カトリックとは相いれない信仰のありようである。映画でも、司祭の到来に歓喜した潜伏キリシタンたちが、何かしらの「モノ」を得ようとロドリゴに群がるシーンがある。ロザリオの数珠玉を分け与えたロドリゴは、彼らの「モノ」に対する執着を危惧するのだが……。

「踏絵」を踏んだり、仏教、神道の行事に参加したことに対し、嘘をついた罪を消すために、潜伏キリシタンは「呪術」に近いこともおこなった。

踏絵に行くときは新しい草鞋を履き、家に帰り草鞋を炊いてその汁を飲むと、踏絵の罪が消されると信じたものもいた。葬式のとき、十字架を壷の水の中に浸しながらオラショを唱えると、仏教の経文が消えるとも伝えられる。

 

「キリシタン神社」とは何か

キリシタンを祭神として祀る「キリシタン神社」も、キリスト教と日本の固有信仰が習合した特異な施設だ。

キリシタン神社は、長崎市下黒崎町の「枯松(かれまつ)神社」、長崎市渕町の「桑姫社」、伊豆大島の「おたあね大明神」、五島列島若松の「山神神社」と有福の「頭子(つもりこ)神社」などが知られ、コンゴ共和国出身のカトリック司祭で、人類学者・宗教学者でもあるロジェ・ヴァンジラ・ムンシの調査によると8ヵ所を数えるという。

下黒崎町の「枯松神社」は、この地方で宣教していたサン・ジュワンが死んだあと、枯松山の山頂に埋葬されてから、「ジュワンさん」「枯れ松さん」と呼ばれるようになったのが始まりだと伝えられる。

信者の墓が枯松神社の周辺に建てられているのは、「私が死んだらジュワンさまの墓の近くに葬ってくれ」と遺言する人が多かったという(ロジェ・ヴァンジラ・ムンシ『村上茂の伝記――カトリックへ復帰した外海・黒崎かくれキリシタンの指導者』より)。

キリシタン神社は、生前の偉業で慕われたキリシタンが、死後に崇敬され、その墓などが祀られて生み出されたものである。つまりは個人崇拝や先祖崇拝であり、聖人の霊を祀る信仰とキリスト教が結びついたのである。

スコセッシの映画ではあまり強調されていないが、棄教後のロドリゴが長崎の盆祭り、精霊供養に浸っていく姿は、『怪談』や『知られざる日本の面影』の作者で日本に帰化したラフカディオ・ハーン、小泉八雲の姿を思い起こさせる。

司祭はふと基督教の万霊節(トゥサン)の夜のことを考える。万霊節はいわば基督教の盆祭のようなものだったし、夜になるとリスボンの家々の窓に蝋燭の火をともすところも、この国の盆とよく似ていた。(遠藤周作『沈黙』)

ポルトガル出身の優秀な司祭も、日本の精霊信仰や祖霊崇拝を"普遍的"なものだと合理化していったのだ。

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