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政治政策 アメリカ

大統領就任式と「精密ダンス」のキケンな関係~熱狂は何を意味したか

特殊な舞台芸術に快感を覚えるワケ

2017年1月20日金曜日、第45代アメリカ合衆国大統領の就任式が盛大に執り行われた。

宣誓式、パレード、そして3つの舞踏会を目玉とするイベントは、オバマ前大統領の時に比べていささか地味だったという米メディアの総評だが、それでも筆者は、合衆国大統領の就任式という一大エンターテインメントを、テレビ越しに大いに楽しんだ。

アカデミー賞の授賞式のようにグラマラスで、スーパーボウルのハーフタイムショーのようにエキサイティングな演出は、良くも悪くも政治とエンターテインメントが混同するアメリカの、圧倒的なパフォーマンス力を見せつけてくれた。

時の主演男優がオバマ氏かトランプ氏かという問題はごく些末に思えてしまうほど、とにかく合衆国大統領職を格好良く見せるためのショーは、ひとまず成功を収めたと言えるだろう。

だが、観客を虜にする演出が巧みであればあるほど、あえてスペクタクルの誘惑に抗ってみたい衝動にも駆られる。特に、3つの舞踏会のうち「Liberty Ball」と「Freedom Ball」に出演したダンスカンパニー、「ザ・ロケッツ」のパフォーマンスについて、純粋なエンターテインメントとして甘受することに筆者は抵抗を覚えた。

日本ではほとんど報道されなかったが、昨年末以降、「ザ・ロケッツ」による就任式出演の是非はアメリカで一つの論争を巻き起こし、その顛末は、強い違和感として筆者の中に残った。おそらく本国でもまもなく忘れ去られてしまう、短命の「ザ・ロケッツ」論争について、筆者はここで検証してみたいのだ。

ベテランダンサーが出演拒否を表明

ニューヨークの観光名所、ラジオシティ・ミュージックホールを本拠地に、92年の歴史を誇る「ザ・ロケッツ」は、横一列にずらりと並んだ女性ダンサーたちが、揃ってハイ・キックを蹴り上げるラインダンスで知られる。

寸分の狂いもなくシンクロナイズされたパフォーマンスは、その画一性こそが魅力であり、5フィート6インチから5フィート10.5インチまでの背丈で統一されたダンサーたちが、ラインから逸脱した個として演技することはない。劇場の外でも、メディアに流通するのは唯一「ザ・ロケッツ」という記号であり、個々のダンサーに焦点が当たることはないはずだった。

だが昨年の12月22日、「ザ・ロケッツ」のマネージメントを行うマディソン・スクエア・ガーデン社が、大統領就任式への出演に合意した直後、一人のダンサーの名が、急に米メディアの紙上に躍り出た。

入団8年目のベテラン、フィービー・パール氏が、インスタグラムへの投稿で、次期大統領を「私たちの信条すべてに反する人」と評し、就任式出演の報に「当惑、失望している」とした上で、「我々は決して強要されない!」と出演拒否の意思を表明したのだ。

 

当初の投稿文を今読み返してみると、「私たちの信条すべて」とは何か、必ずしも明らかにはされていないが、米メディアはこの発言をもっぱらフェミニズムの問題として取り上げた。つまり、選挙戦中に女性差別的な発言を繰り返したトランプ氏の就任式に「ザ・ロケッツ」を出演させることは、ダンサーの女性としての人権を軽視する行為だ、という論が展開されたのだ。

パール氏の発言から5日後には、「ザ・ロケッツ」の別のメンバーが「メアリー」という偽名で女性誌マリ・クレールの取材に応じ、「これは、民主党か共和党かの問題ではなく、女性の権利の問題です・・・政治よりはるかに大きな問題です」と語った。

また、過去に「ザ・ロケッツ」に在籍したダンサーのオータム・ウィザーズ氏が複数のメディアに出演し、「女性を公然と軽視し、客体化してきた歴史を持つトランプ氏に関与すること」は、「ダンサーの女性たちを軽んじる行為」だと批判した。

そしてついに、就任式を2日後に控えた1月18日、パール氏本人がニューヨーク・タイムスの取材に応じて、「これは女性の権利の問題です」と明言することによって、「ザ・ロケッツ」問題は、フェミニズムの文脈に綺麗に収まったわけだ。

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