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「稀勢の里」物語は、優勝と横綱昇進でハッピーエンドを迎えたか

19年ぶり? 日本人? それだけではない…

2017年初場所、14日目。大関稀勢の里は逸ノ城に勝利を収め、その後貴ノ岩が白鵬に勝つ波乱も有り、念願の初優勝を成し遂げた。

取組後に横綱審議委員会の守屋委員長から千秋楽の結果を問わず理事会招集の意向を伝えられていたが、稀勢の里は熱戦の末白鵬に勝利し、場所後の1月25日、ついに「横綱昇進」を果たした。

テレビでは連日、稀勢の里にまつわる報道がなされている。芝田山親方による土俵入り指導や明治神宮での奉納土俵入り、地元茨城の熱狂ぶりなど、トピックは様々だ。

2月12日には人気番組『日曜もアメトーーク!』(テレビ朝日・ABC系)で「相撲大好き芸人」が取り上げられるとのことで、稀勢の里の優勝をきっかけに、相撲自体も近年稀な盛り上がりを見せている。

しかし、なぜ、稀勢の里なのだろうか。

稀勢の里の優勝は、他の二人の日本出身力士とは異なる受け止め方をされている。琴奨菊も、豪栄道も、同じ大関だった。彼らは同じく、日本出身力士としてトップの地位を築いている。相撲ファンではない方からすると、その差は何かと問われても。

先日、昨今の大相撲ブームはメディアに蔓延る日本礼賛、いわば「日本スゴイ」の延長線上にあると解釈する記事が掲載されていた(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50654)。確かに、そういう捉え方も否定はできない。しかし、ここで私が主張したいのは、稀勢の里の人気と「日本スゴイ」は全く結びつかないということだ。

稀勢の里の優勝と横綱昇進が特別な意味を持つ理由を語るには、少しばかり近年の相撲界の歴史を辿る必要がある。

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稀勢の里に対する期待

日本出身力士、いや日本人力士に対する期待を耳にするようになってからもう既に10年が経過していた。

2006年に大関栃東が優勝して以降、日本出身力士の優勝は10年間途絶えた。いや、優勝だけではない。そもそも優勝争いに日本出身力士が絡む機会そのものが激減したのだ。

当時、横綱朝青龍が全盛期を迎えていた。そして、白鵬と琴欧洲が大関として台頭していた。さらには把瑠都や安馬も、次代を担う可能性を見せつけつつあった。素晴らしい力士の多くが、外国人力士だったのである。

貴乃花時代の相撲界には、曙と武蔵丸を中心としたスーパーパワーがその中心に存在した。彼らに対抗するため、貴乃花は無理を承知で体重を増やし、若乃花は技を磨き、貴ノ浪はパワーで対抗した。

だが、朝青龍がそんな相撲の全てを変えた。スピードで彼らを凌駕したのだ。それに追従したのが白鵬や安馬だった。そして琴欧洲と把瑠都は、そんな彼らにアスリート的能力の高さで挑んだ。

取り残されたのは、日本人力士だった。魁皇も、千代大海も、そして琴光喜も、新時代の相撲には対抗できなかった。そして、ファンの期待は新世代の日本人力士に向けられることになった。その時、可能性を感じさせた若手力士こそ、稀勢の里だったのである。

中卒叩き上げ。
並外れた体格。
本格派の四つ相撲。

大横綱の系譜を継ぐ要素が、稀勢の里には数多く存在していた。そしてほぼ相撲初心者で入門しながらも、貴乃花に次ぐ史上2番目の若さである18歳で幕内昇進を果たした。稀勢の里は、この時点では確かに、その期待に応えていたのである。

 

稀勢の里への期待は、最初は、日本人力士として外国人力士に対抗するためのものだった。だがここから緩やかに成長し、彼らに対抗できるところまで力を蓄えたところから、物語は異なる展開を見せることになる。

ファンの期待が、「日本人力士」ではなく、「稀勢の里」への期待に変わったのだ。