(左)宇野維正(映画・音楽ジャーナリスト)、(右)柴那典(音楽ジャーナリスト)〔PHOTO〕三浦咲恵
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J-POPの現在と未来〜邦楽育ちのアーティストの行方

メディアが抱える課題を徹底討論!

昨年11月に発売された『ヒットの崩壊』(講談社)著者である柴那典氏と、『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(同)著者の宇野維正氏による対談イベントが講談社で行われた。

2人はかつて発行部数40万部を誇った音楽雑誌『ROCKIN’ON JAPAN』の刊行で知られるロッキング・オン社の元同僚。編集部こそ違ったものの後輩・先輩として音楽にどっぷりと浸かり、いまは両者とも独立、音楽ジャーナリストとして活動している。

前職時代の先輩である宇野氏は、『ヒットの崩壊』をどう読んだのか? 2人の目には、いまの音楽業界がどう映っているのか? 「いい音楽」とはなにか? 音楽業界の課題は?

多岐にわたるトピックが語られたイベントのダイジェストをお送りする。

(構成・田中裕子/写真・三浦咲恵)

なぜ「音楽の外側」を語ったのか?

宇野 まずは、『ヒットの崩壊』のヒットおめでとう。反響はどう?

 本の題材は音楽ですが、ほかの業界の方々からも「先行指標として参考になった」という感想をたくさんいただきました。音楽業界で起こったことはいままさに出版や映画、ウェブなどあらゆる業界でも起こっていますし、これからもその流れは続きそうですからね。

宇野 『ヒットの崩壊』というタイトルも音楽に限定していないもんね。

 はい。「広く届けるために」と担当編集の佐藤慶一さんが考えてくれて。僕ははじめ『J-POPの未来』とつけていたんですが……。

宇野 それは売れなさそう(笑)。とはいえ、僕の著作の『1998年の宇多田ヒカル』も『くるりのこと』もそれぞれ編集者が気の利いたタイトルをつけてくれたんだけど。

 本のタイトルって重要ですよね。僕と宇野さんは同じ会社出身だし、似たような立場で仕事をしているけれど、僕のもうひとつの著作『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)含めて4冊並べてみるとスタンスの違いが明確だなと思って。

宇野 というと?

 宇野さんは2冊ともアーティスト名をタイトルに入れているけれど、僕は現象やアーキテクチャ(構造)をタイトルにしているんです。

宇野 ああ、初音ミクは厳密に言うとアーティストじゃなくてソフトウェアの名前だもんね。そこは聞きたいところで、『ヒットの崩壊』ではタイトルどおり音楽のアーキテクチャを語ることに振り切ったけど、柴はガッツリ音楽の中身について書くときもあるじゃない?

 ええ、そうですね。

宇野 いままでのJ-POP論には、書き手が「音楽の外側」しか書けないから仕方なくアーキテクチャのみに触れているものも多かったけれど、柴は中身を語る言葉を持っている。それなのに、あえて「外側」に絞って語ったのはどうして?

 音楽の中身だけを語る言葉って、そもそも音楽に興味がない人には届かないところがあると思っていて。コード進行や楽器、レコーディングの話を細かく書いた文章——たとえば冨田恵一さんの『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS)——はすばらしい本だし、僕もああいう本がとても好きです。

でも、『ヒットの崩壊』は「音楽のことはわからないんですけど、おもしろく読みました」って読者の声がすごく多いんですよ。これはひとつ、大切なことで。

宇野 つまり、あえて音楽好きじゃない人に向けて書いた?

 少なくともそういう人に届いたという実感があります。そして、それはきっと自分の役割だな、と。

宇野 役割かあ。僕は、柴にこそ次世代の「音楽評論家代表」になってほしいんだよね。そうなってもらえると、自分も安心して自分が好きな音楽の仕事だけに集中できる(笑)。

 ええっ? 

宇野 いま、「BABYMETALがビルボードにランクインした」というニュースが出たとき、新聞やテレビをはじめとするレガシー・メディアは誰に取材すればいいかわかっていないんだよ。

80年代や90年代で時間が止まっているような音楽評論家に聞いて、そのトンチンカンな内容がネットで叩かれ、そのせいで音楽を評論するという行為そのものが見くびられている。「柴に聞けばいいのに」ってよく思うよ。柴はそんな役回り、イヤかもしれないけど。

 

 うーん、たしかに「音楽業界以外の人に向けた音楽評」が僕の役割だとは思っているんです。

ただ、もう一つ僕が意識しているのは、音楽のビジネスやマーケットなども含めた状況論を語りつつ「ジャニーズのこの曲はこの転調がおもしろい」とか「ここのコード進行、このリズムやサウンドがいい」のような中身の話も、ちゃんとするということ。『Real Sound』のヒットチャート分析コラムなんかはとくにそうですね。

宇野 外側の話をしつつ、分析的な話を織り交ぜるってことか。自分はわりと楽理的な話については懐疑的かな。それって、推理小説で犯人がわかったあとに推理をするようなものじゃない? 面白い人の楽理的な話は確かに面白いけど、それはその人の語り口が面白いからで。

 だから、自分はアーキテクチャの話と、音楽それ自体の分析と、あとは「話芸」を織り交ぜることで勝負したいんです。僕よりも深くて広い音楽の知識を持った方は沢山いると思うんですけれど、「興味深い」と思ってもらえる語り口を作らないと届かない。

たとえば「Dm7♭5のコードが効果的」みたいな表現だけでなく「ここで半音下がることで狂おしさが生まれて色気と結びつく」みたいな語り方をしないと、知識のひけらかしで終わってしまいますしね。

とくにいまのウェブメディアは、音楽のナレッジではなく、ナレッジをつなぐ「文脈」を描く力が圧倒的に足りないと思っています。