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サウジの大富豪もトリコ!「GEISHA」が世界中から愛される理由

芸者じゃないけど大人気
川商フーズの原顕社長

食品専門商社・川商フーズは、JFE商事(旧川鉄商事)傘下にあり、畜肉や、ゼリー、ジャム等の原料となる果実を輸入する。

また「ノザキのコンビーフ」ブランドで知られる野崎産業の事業を継承しているほか、米国、中東、アフリカで高い知名度を誇る缶詰「GEISHA」ブランドの製造・販売も行う。

JFE商事出身の原顕社長(62歳)に話を聞いた。

マレーシアでの後悔

【伝統】

当社のコンビーフの台形の缶を「枕缶」と呼びます。面積が大きい缶の下部を上にして肉を詰めると、缶の中の空気が抜けやすく、肉の保存性が高まるのです。いまは枕缶の形がアイコン化し、お客様が小売店でコンビーフを探すとき台形を目印にしていただいているようですね。

製法も昔のまま。牛赤身肉を高温で煮て、柔らかくほぐし、牛脂や調味料と混ぜます。きっと「完成された味」なのでしょう、玉葱と一緒に炒めたり、マヨネーズをつけたり、様々な食べ方がありますが、私はそのまま食べるのが一番好きです。

【国民食】

「ノザキ」ブランドの由来である野崎兄弟が「新たな輸出産業を創造しよう」とカニ缶やツナ缶を米国に輸出し始めたのが1908年。当時、外国人向けのお土産として芸者の絵が人気だったため、1911年に海外向けのブランド名を「GEISHA」としました。戦時中はこのブランド名が原因で米国政府に接収され、戦後の輸出再開時には米国政府に商標使用料を払った、というエピソードもあります。

アフリカ進出は'50年代のこと。当社の英国駐在員が新たな輸出先として英語圏のナイジェリアやガーナに注目し、缶詰をリュックに入れて現地で売り歩いたのです。当時、アフリカには冷蔵庫が普及しておらず、缶詰は重宝されました。元々青魚を食べる西アフリカ諸国では、当社のサバのトマト煮が国民食になっています。

 

【効率】

'78年に大学を卒業して川鉄商事に入社し、木材を扱う部署に配属されました。駐在先はマレーシア。山奥の木材を川まで運び、筏にして海辺に運んで日本向けの船に乗せていました。しかし雨が降ると山の地盤が緩んで川まで運べず、晴天が続けば川の水が涸れて海まで運べない。いつも東京から「いつ着くんだ!」と責められキツかったですね。

その後、天候にかかわらず使える立派な道路ができ、関係者は「これで効率が上がる」と喜びました。ところが―効率が上がったために樹を切りすぎ、次第に山の木材が乏しくなっていったのです。

結局、マレーシアのこの地域での事業は終わりました。まだ「サステナビリティ」という言葉がない時代でしたが、今では「現地の環境のためにも、あんなことをすべきだったのだろうか」と疑問ですね。

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