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企業・経営

東芝「債務超過」へのカウントダウン~残された時間はたった1ヵ月

社長会見で露呈した「変わらぬ危うさ」

最低最悪の記者会見

「さらなる成長、ひいては東芝グループの企業価値の最大化を実現するため、3月31日をめどにメモリー事業の分社化を実現することを、本日の取締役会で決定いたしました」――。

東芝の綱川智社長は先週末(1月27日)の緊急記者会見で、こう述べて、投資家や取引先の金融機関を唖然とさせた。というのは、東芝の経営のどこにも成長を語る余裕など無かったからである。

同社にあったのは、またしてもメディア主導で明らかになった経営破たんの「危機」だけだった。そもそも緊急記者会見も、これ以上信用が毀損するのを放置できなくなって、公の場で釈明する必要に迫られて、遅まきながら渋々開いたものに過ぎなかった。

それにもかかわらず、綱川社長が説明した打開策は、机上のプランとしても生煮えの段階にあり、当事者能力の欠如が歴然としていた。

本来ならば、この緊急記者会見は、メディアに巨額の損失発生をすっぱ抜かれる1ヵ月前に、実態と対応を説明するために開くべきだった。それを頑なに拒んで1ヵ月も経ったのだから、ステークホルダーからすれば、綱川社長が破たん回避のメドが付いたと報告することを期待していたはずだ。

万が一、出資のスポンサーが確保できていなければ、せめて「生き残るためには何でもやる。虎の子の半導体部門の切り売りも辞さないから、今しばらくの時間的な猶予を与えてほしい」といった調子で、背水の陣を敷く覚悟を明確にしてほしかっただろう。

記者会見に臨んだ綱川社長 Photo by GettyImages

ところが、綱川社長は、こうした期待をことごとく裏切った。

そもそも情報開示の遅れに関する反省・謝罪の弁がひと言もないばかりか、この期に及んでまだ、事態の深刻さを自覚していないのではないかと危惧させる言葉を発してしまった。

破たんに瀕した企業の記者会見のケースで最低最悪のサンプルとして長く記憶されることになっても、まったく不思議ではない内容だったのである。

経営破たん回避のために残された時間は、3月下旬まで。東芝の命運は文字通り「風前の灯」となっている。

 

先週の本コラム(2017年1月24日付『それでも東芝が原子力部門を切れない「特別な事情」 背後に経産省とアメリカの影が見える』)でも書いたが、東芝は過去のわずか2年あまりの間に、3度も経営破たんの危機に直面している。

最初は2015年5月、それ以前の粉飾決算の存在が判明、2ヵ月以上にわたって同年3月期決算を発表できないという前代未聞の事態に陥った。

歴代の3社長が同年7月に責任をとって辞任したものの、その2ヵ月後には2014年度第3四半期までの6年9ヵ月の間に、税引き前利益で2248億円に及ぶ利益の水増しがあったとして、修正を行う事態になった。

次いで同年11月、それまで東芝が頑なに連結ベースでの減損処理を拒んできた米原子力事業子会社ウエスチングハウス(WH)に関し、米監査法人に減損処理を迫られて2012、2013の2会計年度に合計1600億円の損失処理を実施した事実をひた隠しにしたことで、上場企業としてのアカウンタビリティ(説明責任)で大きな傷を負った。

負の遺産の整理をほぼ終えたとみられていた2016年3月期も、東芝は大幅な業績の下方修正とみせかけの利益確保に追われる惨憺たる決算を繰り返した。

その元凶は、またしてもWHを中心にした原子力事業で、減損処理の原資確保のため、期末を待たずに稼ぎ頭だった東芝メディカルシステムズをキヤノンに売却。連結ベースの最終損益は巨額の赤字(マイナス4600億円)になった。

こうした経緯から明らかなように、東芝で経営危機が常態化した原因は、2006年10月に企業価値を上回る買収価格で高値掴みしたWHの買収失敗と、WH社を含む原子力部門を取り巻く環境の変化に即した戦略転換を長年にわたって怠ってきたことだ。

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