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夫ががんで余命宣告…外に恋人のいた妻がそのとき初めて知ったこと

自分らしく生きるということ

夫が進行性の癌に

夏の終わりに夫の癌が発覚した。それまで、離婚しても構わない相手だと思っていたのに、いざいなくなるかもしれないと思うと、夫が自分にとって唯一無二の存在だったことに気がついた。

結婚しながらも何人かの相手と恋愛関係になったが、夫にそのことを伝えられたのは1人だけだった。あの時は本当に離婚を考えたし、恋人との未来を考えていた。そのあたりは去年出版した『かなわない』に書いているが、彼以外で夫に「付き合っている」と言える人はいなかった。そこまでの相手は現れなかったのだ。

人に言えないということはストレスだ。嘘をつくことも同じく。

小さい頃、田舎で育った私は小学校の小さなコミュニティの中で仲間外れを経験した。1クラス10人足らずの女の子しかいないなか、無視する対象をこっそり決めてある日突然実行に移す。自分の番が来るのが恐ろしく、憂鬱だった。

そしていざ自分の番になった時、みんなに無視されるのが耐えられず、私はそれに対抗するように、嘘をつくことで気をひこうとした。『美少女戦士セーラームーン』が流行っていた時代だ。今思えば、誰に言っても信じてもらえないような嘘だが、私は「魔法が使える」と言って皆を驚かせた。

小学校低学年のことだ。クラスメイトの女の子達はそれを信じ、私をもてはやした。しかし、グループに戻ったのも束の間、嘘がばれるんじゃないかと毎日緊張し、ばれた際にはもっとひどい仕打ちが待っていた。仲間外れの経験は私の人格形成に大いに影響を及ぼした。

その経験以来、人を欺くことはしないと心に強く決めた。嘘はばれるのだ。あの緊張感も、生きた心地がしなかった。そして私は、グループや集団行動がひどく苦手になっていった。

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特に夫にはなんでも話していた。しかし、なんでも、と言ってもそんなに昔から2人で会話をする方ではない。夫は口数がもともと少ないほうで、おしゃべりな私は物足りないとも思っていたが、いつしかそれが普通になってしまった。

いつも必要な時に話すくらいで、私が自分のことで何か不安に思ったり、迷った時には一番に相談する相手だった。それは育児や仕事についてがほとんどだったが、夫の意見は誰よりも指針にしていた。だからこそ今まで一緒にいられたし、年の差があっても結婚できたのだろう。尊敬できる相手であり、そこがなければ結婚生活は続かなかったとも思う。

好きな人ができたと夫に伝えられた時、そしてそれを曲りなりにも受け入れてもらえた時は心底ホッとしたものだった。離婚はしなかったが、わかってもらえている、というだけで落ち着くものがあった。

夫は自分で解決できるので、何か相談事を話してくる方ではない。とはいえ、もしかしたら何か悩みを溜め込んでいたのかもしれない。癌になった原因がストレスだとしたら、その一因に私のことがあるのは間違いないだろう。