国家・民族
武士が担った革命・明治維新は、なぜ武士の世界をつくらなかったのか
橋爪大三郎×大澤真幸の歴史対談【第一回】

橋爪大三郎さんと大澤真幸さん。日本を代表する二人の社会学者が、江戸から明治に代わる時代に何が起こったのかを語りあう全4回の対談。その1回目をお届けします。

あの本で話足りなかったこと

大澤 皆さん、こんにちは。

2ヵ月ほど前に橋爪さんと、『げんきな日本論(講談社現代新書)という本を出しました。これは幸い、かなり好調に多くの読者を獲得している感じですけれども、今日はこれを一つのきっかけにしてお話ししようと思います。ただ、本に書いてあることをそのまま薄めて話をするのでは面白くないですから、まだ話し足りなかったこと、語れなかったことをここでお話ししようと思います。

まず、今日のテーマというか、問題設定をお話しします。『げんきな日本論』というのは、橋爪さんが「はじめに」に書いていますけれども、日本について元気なことがこんなにたくさんあるぞ、みたいなことが書いてあるわけじゃないんです。何が元気かというと、たとえば、自分は何者であるかという、どこから来たのか、それを知るということですよね。そのことが元気になる一番の原点なんです

日本には、いろんな事情があると思うんですけど、ある種の歴史的断絶の感覚というのがあって、自分の過去と現在の間にどうつながりがあるか、というのがうまく説明づけられていないんです。

僕らが集合的に自分たちを考えたときの、「われわれ」の中に、本当は明治以前の日本列島にいた人たちも含めているはずなんだけど、その自分たちの歴史的伝統と自分たちの現在とがどうつながっているのかということがもう一つ、見えていないんですね。その見えていないということが、日本人がこの社会で現在生きるときに元気になりきれない一つの原因になっているんじゃないかということです。

今日は、江戸から明治――近代化と普通いわれる日本の端緒になる場所ですけど――そのことに関係するお話をその時点に遡りながら考えてみます。

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