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ロシア

佐藤優が斬る! スパイから「皇帝」になった男、プーチンの正体

その世界観を知る

6つの顔をもつ男

筆者はロシアのインターネット書店からプーチンに関する新刊書をかなり買い揃えているが、有益な情報はほとんどない。

実を言うと、ロシア語で書かれたプーチンの評伝は、新しくなればなるほど、内容がスカスカになっている。プーチンが皇帝化するにつれて、ロシア人の自己検閲が強まっているからだ。

米国人の書いた『プーチンの世界』(フィオナ・ヒルとクリフォード・ガディの共著)は、現在、日本語で読むことができるプーチンの評伝でもっともレベルが高い。

ソ連時代はKGB(国家保安委員会)で対外インテリジェンスを担当していた中堅職員(退役時の階級は中佐)が、1996年にモスクワで大統領府に勤務するようになってから急速に出世の階段を上り、ロシア初代大統領のエリツィンにより後継者に指名され、その後、磐石な権力基盤を構築し、専制君主のような地位を得た過程を詳細に調べ、わかりやすく記述している。

もっともプーチンの履歴については公開されていない部分がほとんどと言ってもいいくらい多い。

ヒルとガディは、プーチンについて、「国家主義者」「歴史家」「サバイバリスト」「アウトサイダー」「自由経済主義者」「ケース・オフィサー(工作員)」という、6つのペルソナ(個性)があるとの作業仮説に基づいて調査し、分析している。その結果、「プーチンの謎」をかなり解明することに成功している。

プーチンの原点

人は誰も自分の経験に縛られる。プーチンの場合、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が開始したペレストロイカ(改革)による解放感を経験していないことが重要だ。

この点について、プーチンの前妻リュドミラの証言が興味深い。ゴルバチョフが書記長になった1985年にプーチンは東ドイツのドレスデンに赴任した。

 

〈ドレスデン駐在終盤の体験に幻滅したまま、プーチンは1990年初めにソ連に帰国した。まずはレニングラード大学に勤務し、その後に博士候補論文の執筆にも取り組んだ。

プーチンが街を離れていたあいだ、レニングラードでは色々なことが起きていた。その期間にプーチンは東ドイツで多くのことを学んだが、彼の知らないところで、ソ連に残った人々はいくつもの人生の教訓を吸収していた。

『プーチン、自らを語る』では、ウラジーミル・プーチン本人の言葉に混じって、妻のリュドミラの言葉もところどころに登場する。彼女はインタビューのなかでこう語った。

「ペレストロイカをはじめ1986年から88年までのすべての出来事を、ドイツにいた私たちはテレビでしか見ていません。ですから、当時のソ連の人々の熱狂ぶりや高揚感については、人の話を通してしか知らないのです」(中略)

1980年代末のソ連は、知的・文化的な破壊と創造の時代であり、政治的な激変の時代だった。帰国したプーチン夫妻が目の当たりにしたのは、断末魔の苦しみに喘ぐソ連であり、変革の高揚感など見る影もなかった〉

プーチンは多くのロシア人と1980年代後半の知的、社会的空気を共有していない。そのことが、プーチンの世界観に無視できない影響を与えている。

私有財産を尊重する自由経済論者であるプーチンは、共産主義を嫌い、憎んでいる。ただし、米国と肩を並べた超大国であったソ連に郷愁があることを隠さない。

それだから、プーチンは「非共産的なソ連」を部分的に回復しようとしているのだ。