現代新書

マルサの尾行はこんなに大変です…「あだ名」を頼りに、半年張り込み

「国税局査察部24時」特別篇

緑のジャガーを追え!

伊崎チーフ「こちら、特車(特殊自動車)です! ターゲットが高速道路に入りました。銀行に向かうものと思われます。このまま追跡します」

銀行前で待機する川中総括に、伊崎チーフが携帯電話で報告をした。

伊崎チーフ「上田。運転頼むぞ……。おい。少し車間を空けすぎだな。他車に入り込まれて見失うぞ!」

上田「分かってますっ!」

アクセルをめいっぱい踏み込むが、特車は言うことを聞いてくれない。みるみるうちに緑のジャガーのテールランプは遠ざかっていく。

伊崎チーフ「こらっ! 車間を空けるなと言っただろう? ジャガーが見えなくなってきたぞ」
上田「分かってますが……これでベタ踏みです」
伊崎チーフ「なにっ! この加速の悪さはなんだ! こんなクルマじゃ尾行なんかできないぞ。マルサのターゲットは、ほとんどが高級車に乗っているんだからな!」

発売即重版となった『国税局査察部24時』。その任務の秘匿性から、ほとんど明らかになってこなかったマルサの実態を、元国税査察官の上田二郎氏が描いた貴重な一冊だ。今回、上田氏がマルサで使われている「特車」について解説する。

特車に選ばれるのは、マルサが任務を遂行するため、①狭い道に停めても邪魔にならないような、②リアシートに潜んで長時間の張り込みができるように、車内空間が広い小型のワンボックスカーだ。

選んだクルマは、ラルゴ。当時、最も売れていたスカイブルーの車体で、リアシートをカーテンと車窓フィルムで覆い、望遠カメラとモニターを搭載して、遠方からでも監視できるように改造した。

この日はターゲットが3ヵ月ぶりに動いた日で、絶対に尾行を成功させなければならなかったのだが、上田は特車の弱点をまざまざと思い知らされることになる――。

ターゲットは「水曜午後の紳士」

今回のターゲットは開業医。定期的に債券発行銀行に来て現物債(無記名金融債)を買いに来るのだが、購入日は決まって水曜日の午後。しかも、閉店間際の14時30分頃に来店していた。

来店時はいつもタータンチェックのブレザーをおしゃれに着こなし、紳士然とした態度から「水曜午後の紳士」と呼ばれていた。

現物債とは、無記名で購入できる1年物の割引金融債(利息分を割り引いて購入し、満期になると額面の金額を受け取れる)のこと。無記名なので、売った銀行は購入者を知らない。定期預金証書ほどの紙に現金をかえられるため、脱税のツールとして重宝された。

脱税者がもっとも苦労するのが脱税資金(タマリ)の隠し場所だ。札束のまま貸金庫に隠したり、金の延べ棒を購入したり、海外に逃がすケース(資産フライト)もある。だが、現物債を購入すれば1枚の紙切れにかえられるというメリットがある。

 

一方、銀行は現物債の購入者をあだ名で管理していた。脱税の温床になる現物債の購入者を管理するようマルサが強い要請をした結果、「あだな管理」と呼ぶ制度が実現したのだ。購入者にあだ名をつけ、同一人物が再び来店した時に記録・管理するのである。

「あだな管理」では、性別、身長、体形(デブ、中肉、ヤセ)、メガネの有無とともに「あだな」を付ける。例えば、受付時の会話が名古屋弁だったことから「名古屋の人」、つるつる頭のおじさんを「タコ入道」と呼んだケースもあった。

「名古屋の人」を尾行すると、新幹線で名古屋に帰っていった。「タコ入道」は羽田空港から高松に帰っていった。東京の銀行には全国の脱税者が集まってくるため、内偵班の役目は購入者をどこまでも追いかけること。張り込みで一番頼りになるのは、窓口女性の感性が紡ぎ出す「あだ名」なのである。