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AI ロボット

マンガに出てくるロボットが必ず背負わされてしまう「ある宿命」

異色のロボット「開発」マンガを読む

ロボット「開発」マンガ

『アイアンバディ』はロボットをテーマにした漫画だ。それもロボット開発がテーマになっている。これは珍しい(第1話をこちらで特別公開中 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50692)。

ロボットを取り上げる漫画自体は少なくない。だが漫画に出てくるロボットはたいてい既にほぼ完全に出来上がっている。ハードウェア(ボディ)にしろ、頭脳たる中身のソフトウェアにしろ、開発していく過程が主題になることは少ない。

そもそも「ロボット漫画」と呼ばれている作中にロボットが登場する作品であっても、漫画家さんが扱いたい主要テーマは実のところはロボットではないことのほうが多い。

主人公・西村真琴(マコト)とロビンソン

たとえば、実際は「ロボットの話」ではなく、ロボットをボディとした中身=人工知能(AI)の話だったりする。

しかも漫画に出てくる「人工知能」というのは現実に研究開発されているシステム、ツールとは全くの別物で、実のところ、「ほとんど人間」だ。

完全に擬人化されていて、人間ではないのに人間とほぼ同等に考え、なぜか人間と同じような欲望を持ち、人間と同じように喜んだり悲しんだりする存在として設定されていることが多い。

だからそれを頭脳とするロボットも人間とほぼ同じように行動し、展開の都合によって、ちょっとだけ人間と違う行動をとってしまう。漫画に出てくるロボットは極めて人間中心的な存在だ。

要するに、人とそっくりだが人ではない存在としてロボットを位置付けて、そのなかで「人とは何か」を問うたり、人と人との関係を考えていく、といった構成の漫画が多いのである。

 

そのため、作中ではロボットの開発過程どころか、人工知能もロボットのボディもストーリーが始まったときから、ほとんど完璧なのだ。

いや、人並みどころか、人を超えた超人的存在であることもある。たとえば鉄腕アトムは人間以上に人間らしく、いわば天使のような存在だ。

漫画に出てくるロボットが天使や妖精のような、いわば理想化された、あるいは割り振られたロールを与えられた、都合の良い存在として描かれていることが多いのは単なる偶然ではない。

「アイアンバディ」のロボットは開発途上

アニメのように人が乗り込むような大きなサイズのロボットが出て来る漫画もあるが、そこに出て来るロボットは登場人物の自我の巨大化、あるいは感情の発露の具象化、または巨大メカ自体に対するフェティッシュな魅力を打ち出すことが目的になっている。

巨大ロボットは、いわばファンタジーものの主人公が振るう剣のようなものである。ファンタジーのキャラクターが自らが握る剣を通じて周囲に触れ、影響を与えるのと同じように、巨大ロボットのパイロットは、ロボットで周囲に触れて世界を変えていく。

こういった漫画で描かれる開発過程はリアリスティックな雰囲気を醸し出すための演出であって、ストーリーには直接は関与しない。よって、どれだけ演出できるかがポイントになる。

「アイアンバディ」ではロボット開発過程自体がストーリーとなっている

なんにしても、漫画でロボット開発のシーンが描かれることは多少はあっても、それはあくまで、それらしい雰囲気を出すための味付け程度。うどんに七味唐辛子を少々かけるようなものであって、メインの素材になっていることは少ない。

断っておくが、そういう漫画も個人的には大好きだ。しかし、ロボット開発やエンジニアたちを作品の真ん中に持ってきてしまった漫画は、もしかしたら「アイアンバディ」が初めてかもしれない――。

連載開始直前の2016年6月末、編集担当者のK氏から、この漫画について「ネタ出しや取材で協力してもらいたい」との趣旨で第1話のネームを見せてもらったとき、実際のロボット開発現場を取材するライターである筆者は、そう思った。

いろいろ考えたが、参加を断る選択肢はないと思った。断ると後悔するに違いないと思ったからだ。