撮影:立木義浩
第3回【最低のポンコツ集団が世界最強である理由】
シマジ 日本国憲法には「生命の安全を保証する」と書いてあるのに、北朝鮮にあんな形で拉致された被害者が何十人もいて、いまだ日本に帰ってこない。このまま放置し続けるのは法治国家としてどうかと思います。
若いカップルが、夕闇迫る海岸沿いを散歩しているところを襲われて、布袋に入れられて拉致されたんですよ。国家に税金を払っている国民にとっては許しがたいことですよね。
伊藤 生命の安全を保証されるというのは、人権の基本中の基本です。
シマジ 伊藤さんは本のなかで「今の自衛隊の特殊部隊なら、人質を奪還しろと命令されたら、奪還できる自信がある」とお書きになっていますよね。読者もこれは凄いことだと感じたことでしょう。
伊藤 はい。それは出来ます。そんなに難しくはないです。作戦には、絶対無理だろうというものもあれば、厳しいなあというもの、これは楽勝だなというものがありますけど、人質の奪還は真ん中よりももう少し簡単な部類に入ります。
シマジ へえー! 伊藤さんにはやっぱりお父さまの遺伝子がきちんと引き継がれていますね。
ヒノ 常識だろうっていうことですか。
シマジ やっぱり伊藤さんは特殊な遺伝子をお持ちなんですね。ここのところをさらっと書いてあるのを読んで、わたしはかなり驚きました。
伊藤 ただ、犠牲は出るんですよ。特殊部隊の側も相当数死にます。これも父の影響だと思うんですけど、「出来る、出来ないということと、どれだけのリスクを背負うかということは混ぜて考えない」という英才教育を受けた可能性が多分にありますね。
たとえば、通り魔がナイフを2本持ってバサバサ人を刺している現場で、女性と子供を守れるかというと、普通は「守れない」と思うのが常識でしょう。
でも、自分がかすり傷ひとつ負わずに守ることは難しいけれど、自分の命を捨てるとすれば、女性も子供も助けることが出来る可能性は十分にありますよね。みんなここを混ぜて考えてしまう。でも、そう考えると、出来ることっていうのはずっと小さくなってしまうと思うんです。
シマジ そういえば伊藤さんは、女性が路上で刺されて悲鳴を上げている現場に遭遇されたことがあったそうですね。
伊藤 はい。じつは、ずっと前から通り魔に会ってみたいと思っていました。高校生が参考書を買いに行った本屋で後ろから刺されたとか、子供が刺されたとかいうニュースを聞くたびに、その現場に自分がいてあげられたらなあって思っていたんですね。
でも、まあ、現実的にはそんな状況に出会える可能性は極めて小さいわけで、ほとんど諦めていたんですが、偶然、真っ昼間に遭遇したんですよ。
シマジ それはいつごろの出来事だったんですか?
伊藤 3年くらい前ですね。
シマジ じゃあ、ミンダナオ島から帰ってきたあとですね。ということは、実戦訓練を受けたあとで、伊藤さん自身、自衛隊にいたときよりもっと強靱になっていたわけですか。
伊藤 そうですね。実際、オーバーではなく、わたしの戦闘行動に関する知識と経験の90%以上は、特殊部隊を辞め、同時に自衛隊を辞めてから移り住んだフィリピンのミンダナオ島で習得したものです。
シマジ どうしてまたミンダナオ島を選んだんですか?
伊藤 なにも日本が嫌いになったわけではないんですよ。日本にいたらわからない自分の祖国の実相と自分がここに生まれてきた理由をミンダナオ島の自然と人間が悟らせてくれるような気がしたからです。そのためには、実弾を撃てて、海に潜れて、平和ボケしない緊張感漂う場所が必要だったわけです。
シマジ たしかにミンダナオ島は治安がよくありませんからね。
伊藤 ミンダナオ島は、フィリピンの南部に位置し、面積的にはフィリピン全土の3分の1を占める島です。16世紀半ばからスペインの植民地化によりってキリスト教への改宗が進むなか、あの島だけは島民が激しく抵抗して上手くいかず、いまでもイスラム教の勢力が跳梁跋扈しています。
フィリピン政府からの独立を狙う武装勢力と、政府軍やフィリピン国家警察との衝突がいまでも頻繁に起きているところです。